連載コラム Vol.332

亜硫酸使用量について

2018年9月3日号

Written by 立花 峰夫

国内外問わず、「自然派ワイン」の根強いブームが続いている。何をもって「自然派」とするかはいろんな定義があるが、ブドウ栽培を有機かビオディナミで行い、醸造においても人為的介入を極力減らしたワイン、というのが大雑把なガイドラインだ。

リッジについては、自社畑産のワインについてはほぼ100%有機栽培であるし、テクニカルシートの「醸造」の項目は必ず「最低限の人為的介入という我々の哲学に沿って、すべての工程が行われた」という一文で結ばれているので、「自然派」と名乗ってもよいだろう。ただし、総亜硫酸の添加量という点では、リッジは昨今はやりの「自然派」と比べれば、少ないとはいえないレベルである。

この春(2018年)、日本に輸入された新着ヴィンテージの総亜硫酸量を見てみよう。やはりテクニカルシートには「効果を発揮する最小限の亜硫酸添加」と必ず書かれているものの、そのトータルの量はパソ・ロブレス・ジンファンデル2016で76ppm、イースト・ベンチ・ジンファンデルで80ppm、ガイザーヴィル2016で215ppm、カベルネ・ソーヴィニョン・エステート2015で94ppm、シャルドネ・エステート2016で75ppmと、「非常に少ない」とは言えない水準である。日本で毎年行われている某自然派ワインのイベントでは、総亜流酸の量が40ppmであることが、出展基準になっているというから、リッジのワインはどれもエントリーできないことになる。

しかし、ちょっと待ってほしい。基準がなければ「誰でも自然派を名乗れ、なんちゃって自然派が世にあふれる」という別の問題が往々にして生じるから、数値の上限を設けることの意味は理解できる。しかし、醸造についてある程度知っている人間ならば、品種や醸造プロセスを問わずに数値基準を設けることが、かなりナンセンスだとわかるはすだ。誰かがどこかに、「亜硫酸無添加でワインを造ることは、子供のいる家に石鹸がないようなものだ」と書いていたが、言い得て妙である。家でビデオゲームばかりしているモヤシっ子しかいない家ならば、石鹸がなくてもさほど困らないかもしれないが、毎日外で泥んこになるまで遊んでいる子供がいる家では、衛生管理のために石鹸は必須である。品種や醸造についても、同じことがいえる。

亜硫酸の効き方は、ワインの酸度に比例して変わる。大雑把に言って、酸味の強い品種、ワインほど少量の亜流酸でも効果を発揮する(ワインを守る)ことができる。その点、シラーのようにもともとpH(水素イオン濃度=酸味の目安になる指標のひとつで、値が高いほど酸味が低い)が高い品種は、ピノ・ノワールのようにpHが低めの品種と比べて、必要な亜硫酸の量は多くなる。発酵や熟成中におけるワインのハンドリングによっても、必要な亜硫酸は変わってくる。ポンプ・オーヴァーや、ポンプを使った澱引きなどをする造りのワイナリー(リッジがそうだ)では、ワインが酸素に触れる機会が増えるため、亜硫酸の必要量はおのずと増える。それならば、ワインを酸素に触れさせなければいいかというと、そうもいかない。タンニンを重合させ、なめらかなものにしていくためには、ある程度の酸素との接触が必要だからだ。

以前、リッジのヴィンヤード・マネージャーであるデイヴィッド・ゲイツと話していたときに、こんなふうに言われたことがある。 「いいかい、ワイン造りもそうだけど、テロワールや栽培といった事柄について何かを語る時は、必ずsite specific(場所を特定すること)でなければならないんだ。一口に石灰岩といっても、シャンパーニュの石灰岩、ブルゴーニュの石灰岩、カリフォルニアの石灰岩はすべて違う。カリフォルニアの石灰岩でも、モンテ・ベロとカレラではまた違う。数十マイルしか離れていないのにだ。また、気候が違えば、例え土壌の組成がまったく同じで……とにかく、極力具体的に考えなければいけない。○○とはなんぞや?式のディテールを欠いた一般化というのは、ほとんどの場合あまり意味がないし、時には有害なんだよ」

ゲイツ自身が言うとおり、ワイン造りについてもこれは同じ。亜硫酸添加量ひとつとっても、ワイナリー・スペシフィックであるべきだと筆者は考える。
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