連載コラム Vol.376

カリフォルニアワインの高価格化

2024年12月18日号

Written by 立花 峰夫

輸入ワインが高くなっている。特定銘柄の値が上昇している云々以前に、為替レートだ。約3年前の2021年初頭、1米ドルは103円あたりだった。これが2024年12月の今、なんと153円付近である。米ドルの価値は日本円に対し、3年間できっかり1.5倍になった。単純計算すれば、日本市場において1本2,000円で売られていた米国産ワインが、3,000円に跳ね上がってしまった状況だ。欧州産ワインの決済に用いられるユーロも、同様に対日本円で価値を上げているが、同じ期間で1.3倍弱と、米ドルほどは高くなっていない。

日本に暮らし、カリフォルニアワインを愛好する人々にとっては、今は強烈な逆風のさなかで、じっと我慢の時である。今後、為替がどう動くかは神のみぞ知るだが、ドナルド・トランプが大統領に返り咲いたのも不安要素で、さらに円高が進む可能性は小さくない。

日本でカリフォルニアワインが高くなった理由は、為替レートだけではない。米国内でかなり激しいインフレが進み、ワイナリーの売り出し価格が軒並み上がったのも、大きく影響している。米国で今般のインフレが始まったとされる2021年春から、2024年冬までの消費者物価指数の変遷を見ると、約14%のアップである。人件費をはじめ、瓶、コルクといった海外からの輸入品以外はあらゆる経費が上昇したのだから、価格転嫁はやむなしだろう。

加えて、最高級ワイン全体の価格上昇だ。これは、暴騰と言ってもよい傾向で、小刻みなアップダウンはありつつも、過去20年ほどで急峻な右肩上がりの曲線を描いてきた。主要因は、中国、インドといった国々に新たな富裕層がどんどん出現し、富の象徴として値の張るワインを大量消費するようになったためだ。ロンドンを拠点とする、高額ワインに特化した中古品売買市場のLiv-exは、株取引のようなインデックス(値動き指数)を常時発表している。Liv-exが誕生し、指数の発表が始まった2000年の価格を100として、2024年末現在の値は350前後。これは、ファイン・ワイン100という、世界中のトップ100銘柄の値動きを追ったものだ(日経平均や、NYダウ平均のような総合指数)。

カリフォルニアに限った指数もあって、こちらはスクリーミング・イーグル、オーパス・ワン、ドミナス、ハーラン・エステート、リッジ・モンテベロという、最も中古品取引が盛んな5銘柄について、値動きを追っている。リッジのような老舗から、1990年代以降に登場した極小量カルトワインまで含めた、カリフォルニアのトップ5を選んだ指数である。こちらも、2024年現在の値は320ほど。銘柄ごとにいくらか差はあれ、カリフォルニアでも、世界全体でも、最高級ワインは過去四半世紀で3倍以上の値段になっている。

リッジでは、1969年から醸造責任者(のちにCEO)を長年務めた、ポール・ドレーパーの強いポリシーもあって、ナパの同クラスのワイナリーと比べ、控えめな値付けを続けてきた。実際、上記Liv-exの指数を構成する他の4銘柄より、モンテベロはかなり安い。最新ヴィンテージのモンテベロ 2021は、米国内の小売価格でオーパス・ワン 2021の約65%、ドミナスの約75%である。ハーランとスクリーミング・イーグルについては、限られたメンバーがワイナリーから購入する直売価格が非公開なため、モンテベロと直接的な比較はできない。ただ、極少量生産の上記両銘柄とも、希少価値のせいで二次販売市場の価格は1本数千ドルに達していて、残り3銘柄よりも桁がひとつ多い。そう、リッジのモンテベロは、同格のカリフォルニア産カベルネと比して、ずいぶんお買い得なのだ。ただし、そんなモンテベロでも、十年プラス前の2010ヴィンテージと比べれば、2021の米国内小売り価格が、きっかり倍になっている。

かくして、強烈な円安、米国内の急激なインフレ、超高級ワインの全般的価格上昇、そして燃料費ほか日本への貨物輸送経費の増加により、モンテベロ 2021の日本国内標準小売価格は、60,000円税別となった。絶対額としては、過去のヴィンテージよりも高額になってしまったが、相対的にはまだ安い。かつ、このヴィンテージは、3人のワイン評論家(ジム・ゴードン、カレン・マクニール、ウィルフレッド・ウォン)から、100点満点を献上された「300点ワイン」である。疑いなく、長期にわたって瓶熟成可能な年であり、ケースで購入して一部をセラーで10年、20年と寝かし、オークションに出せばおそらくかなりの高値がつく。その利ざやで、飲んでしまった分の購入費を相殺できるかもしれない。

そう、2021年のモンテベロは買いだ。

なお、お買い得品を求める人にも朗報がある。大塚食品ワイン部が販売する、バックヴィンテージのモンテベロだ。本稿執筆の2024年12月現在、2010~2012、2014~2020の10ヴィンテージがラインナップされており、750ml瓶1本あたりの価格は27,000円税別から45,000円税別まで。この価格は、それぞれのヴィンテージがアメリカで発売された直後、日本に輸入した際に付けられてから、まったくもしくはわずかしか上がっていない。

このようなバックヴィンテージの販売方法は、1986年にリッジを傘下に収めた大塚製薬グループのトップ、故・大塚明彦の高い志に則している。曰く、モンテベロは寿命がとても長いワインだから、日本市場では飲み頃になってから発売してほしいのだと。リッジ自体では、それほど多い本数、過去のヴィンテージのモンテベロを在庫していないのだから、日本での販売の仕方はとても異例だ。もちろん、リッジを輸入する他国の業者で、日本と同じようにしているところはひとつもない。アメリカ国内では、リッジの小売り部門が時折、古いモンテベロを発売してはいる(ワイナリー直売)。ただしその価格には、時間を金銭に換算した付加価値が加わっているから、かなり高額だ。たとえば、日本国内で大塚食品が現在販売する、2010ヴィンテージのレギュラー瓶(750ml)の標準小売値は27,000円税別。米国のワイナリーでは先日まで、そのマグナム瓶(1,500ml)が、1,100ドル税別(日本円換算で約17万円)という値段で売られていた。マグナム瓶は若干のプレミアムがつき、レギュラー瓶2本分の価格より少し高くなるのが常なので、レギュラー瓶のワイナリー直売価格を仮につけるとすれば、500ドルあたりか(日本円換算で約7.7万円)。

というわけで、現在販売中のモンテベロはすべて買いだ。

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