連載コラム Vol.331

ジョン・オルニーへのインタヴュー(2003年秋) その2

2018年8月1日号

Written by 立花 峰夫

次回からの続き、ジョン・オルニーに筆者が2003年秋に行ったインタヴューの後編である。

●筆者:
あなたに、ワイン造りのいわゆる「欠陥」について伺いだいのです。欠陥というは、硫化水素、アルデヒド、揮発酸、腐敗酵母臭といったものです。私の考えでは、カリフォルニアの造り手は一般に、こうした欠陥について神経質すぎるように思います。勿論、こうした欠陥はないに越したことはありません。が、欠陥を抑えようとするあまり、必要ないワインにまで無菌濾過をするとなると、クビを傾げざるを得ません。もう一つ妙だと思うのが、「欠陥がないこと」が「高品質」とイコールだと考えられていることです。ZDっていうワイナリーがあるでしょう。あれって、Zero Defect(欠陥ゼロ)の略ですよね。ZDのワイン自体は悪くないと思いますが、ネーミングは悪しきカリフォルニアの象徴だと思います。「欠陥ゼロ? それで?」って感じじゃないですか?

(注:その後、ZDの名前は、もともとは創始者のファミリーのイニシャルにちなんでいることが判明。しかし同蔵は現在Zero Defectをキャッチ・フレーズにしている)

●ジョン:
なんでそんなことを俺に聞くの?

●筆者:
だって、カーミット・リンチが輸入しているワインって、腐敗酵母臭や揮発酸高いのばっかりじゃないですか。

●ジョン:
わははは。その通り。でも俺はカーミットが輸入しているワインは素晴らしいと思うぞ。俺もどうして、カリフォルニアで欠陥のないことが高品質とイコールになったのか、よくわからないんだ。ただ、1960年代から80年代にかけて、カリフォルニアのワイン産業が発達してくる中で、いつのまにかそうなった。ただ、そうなってもおかしくない、文化的なバックグラウンドはあったと思うけどね。ピューリタン主義というかな。

●筆者:
どういうことですか?

●ジョン:
つまりだな、アメリカの文化というのは、全般的に自然な状態のものと調和しにくいんだよ。アメリカ人は、クビのついたニワトリなんか我慢できないし、フランス産のくっさいチーズも食べられない。ワインも一緒なんだ。ヴァン・ジョーヌは、フランスでは素晴らしい高級ワインだとされている。が、アメリカでは、あんなのは単に酸化した欠陥ワインだとしかみなされない。アメリカ人は、微生物による欠陥に対して強迫観念をもっていて、なんでもかんでも殺菌したがる。ワインだって生産量からすれば殆どのものが無菌濾過されている。だが、無菌濾過されたワインなんか、コカ・コーラやアイス・ティーと一緒だ。生きている飲み物じゃない。

●筆者:
そういう文化的背景があったから、ワインにも同じ基準があてはめられたと。

●ジョン:
そうだ。アメリカのワイン産業は、何らかの基準が必要だったんだよ。ヨーロッパのように、伝統によって培われてきた品質の基準がなかったからな。で、何か基準を作らないとということになったときに、風味の卓越性といった得体の知れないものを相手にするより、欠陥の有無を考えたほうが簡単だろう。揮発酸の量とか、硫化水素の量は数字にできるからな。だからそうなったんだろうと思うよ。だけど、そんなのは全くのナンセンスじゃないか。これは俺の個人的意見にすぎないが、俺は、100本の欠陥がない退屈なアルコール飲料よりも、1本の、少々の欠陥があっても生きた美味しいワインのほうを取る。

●筆者:
賛成です。でも、日本人は比較的欠陥に寛容なんですよ。日本でワイン好きな人は、大抵フランスワインから入りますから。だから、腐敗酵母の香りをかぐと、「うーん、テロワールの個性が出ている。これぞボルドー(ブルゴーニュ)」と言って喜んで飲んでいる(笑)。

●ジョン:
わはは。日本はいい国だな。うん、この話については、カーミットからいくつか印象的な言葉を聞いた。彼はこう言ったんだ。「欠陥を恐れるあまりワインを無菌濾過するのは、数名のよからぬ輩が婦女暴行を働いたからという理由で、国中の男全員を去勢するようなものだ。」ってね。

●筆者:
その例えは、彼の著書にも出てきますね。私もそのくだりには感動しました。

●ジョン:
お、知ってるのか。もう一つはこうだ。「アメリカでは、チーズもミルクも、私達が口にするものは何から何まで殺菌されている。我々アメリカ人に残された、自然な状態のものを口にできる唯一チャンス、それがワインなのだ。それなのに、何故人々はその唯一の貴重なチャンスまで、取り払ってしまおうとするのだろう?」 どうだ、いいだろう?

●筆者:
いい言葉ですね。さて、最後に一つくだらない質問をさせてください。リッジは沢山の種類のジンファンデルを造っていますが、フラッグ・シップはあなたが造るリットン・スプリングスと、モンテベロで造っているガイザーヴィルですね。同じソノマ、しかも場所もすぐ近く、かつ両方樹齢100年を超える古木から造られているのに、キャラクターは随分違う。私の個人的印象では、リットンがラトゥールなら、ガイザーはラフィット。あるいは、リットンがジュヴレ・シャンベルタンで、ガイザーがシャンボール・ミュジニィ。リットンはいつも雄々しく、ガイザーヴィルはエレガントですよね。で、あなたのお気に入りの例えがあれば、教えてください。

●ジョン:
ふん、なるほどな。言っていることはわかるぞ。そうだな、俺が例えるとするなら、リットンはシャトーヌフ・デュ・パープで、ガイザーヴィルはコート・ロティだな。リットンは、ガイザーよりストラクチャーががっしりしていて、スパイシー、土臭い。どう思う?

●筆者:
ローヌのワインで考えたことはありませんでしたが、なるほどですね。
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