連載コラム Vol.326

ワインへの加水について

2018年4月2日号

Written by 立花 峰夫

リッジでは、時折赤ワインの発酵中に水を加えることがある。収穫時のブドウ糖度が高すぎる区画があった場合に、味わいのバランスを取るためである。アメリカ合衆国のワイン法では2001年以降認められている行為であり、何も後ろ暗い行為ではない。オーストラリアやニュージーランドでも、昨年(2017年)から発酵中の加水が合法になった。リッジでは、加水をしたワインについては、裏ラベルの原材料表示のセクションにもきちんと表示をしている。たとえば、2015年ヴィンテージのパソ・ロブレス・ジンファンデルの裏ラベルには、「3.4% Water」と、加えた比率まで書かれている。

カリフォルニアで赤ワインを造るワイナリーで、発酵中に加水を行うところは多い。ごく当たり前の行為といってもいいぐらいだ。加水しないところは、逆浸透膜やスピニング・コーンといったハイテク技術を使って、アルコール低減処理をしている。あらゆるヴィンテージ、ロットで一切アルコール調整をしないワイナリーは、ごく少数にとどまる。しかし、リッジ以外のワイナリーはどこも、ごくわずかの例外を除いて、加水などのアルコール調整について公言することはない。特に加水についてはその傾向が強いように思う。筆者は10年ほど前、とあるナパのワイナリーを雑誌の取材で訪れたとき、加水について実情を聞かされたあと、「もし書いたり、ヨソでしゃべったりしたら、おまえを殺す」と半分本気で脅されたことがある。なぜ、そこまで加水のイメージが悪いかというと、ヨーロッパのワイン法で長年禁止されてきたからであろう。

ヨーロッパではいまも、ワインに水を加えることは違法である。理由は、「ワインを水増しすると、量は増えるが味が薄くなり、品質が落ちるから」というもの。しかし、この法律が制定された20世紀の前半と比べれば、ヨーロッパのワイン産地もずいぶん様変わりした。大きな変化のひとつは地球温暖化である。フランスであっても、ボルドーよりも南のエリアでは、ヴィンテージによってはアルコール度数が15%を超えることが珍しくなくなった。カリフォルニアやオーストラリアと同じように、加水によってワインのバランスを取りたい高級ワインの醸造家は多いはずだ(実際のところ、ひそかに発酵中のタンクに水を加えているワイナリーは、ヨーロッパにいくらもあると聞く)。もうひとつの変化は、ただでさえ薄い果汁をさらに水増しして造るような「水みたいなワイン」の需要が、ごく少なくなってきたこと。水代わりにワインを、ヨーロッパ人がガブ飲みしていた時代は終わったのだ。しかるに、ヨーロッパでもそう遠くない未来に、加水が合法になるのではないかと筆者は考えている。

気候が今よりも寒冷で、ブドウの糖度が十分でなかった昔、アルコール度数をかさ上げするためにヨーロッパで開発された技術が補糖(発酵中のタンクに糖を加えること)である。気候のハンデを補うための補糖が合法ならば、同じ目的で行われる加水を合法にしない理由はない。

いずれにせよ、リッジでは必要に応じてワインに水を加えており、それを少しも恥じることはない。
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