連載コラム Vol.318

ブショネの心配がない天然コルク栓

2017年12月1日号

Written by 立花 峰夫

21世紀に入ってから、ワインの世界では天然コルク栓以外の選択肢がずいぶんと増えた。天然コルク栓につきものの品質不良――化学物質TCAに汚染されたコルクを使用したことが原因で発生する「ブショネ」(コルク臭)を、忌み嫌ってのことである。かつては「安物ワイン用の栓」というイメージが強かったスクリューキャップも、いまや全世界で25%に迫るシェアを獲得するに至っている。オーストラリアやニュージーランドでは、全体の9割以上がスクリューキャップという普及ぶりである。一方で近年、「第3の勢力」として急速に普及しているのが、テクニカル・コルク(コルクの細片を接着剤で固めて成型したもの)の一種であるDIAM。天然コルクの長所はそのままに、TCAによる汚染がゼロだというのがそのウリ文句であり、長期熟成ワイン用の特上品「DIAM30」が2014年に発売されて以降、高級ワイン生産者で天然コルクから切り替えるところが続出している。そのほか、デカンターの蓋のようなガラス製の栓ヴィノロック、ポップな外観の栓ゾーク、主に安価なワインに用いられるプラスティック製のコルクなど、さまざまな製品が市場にはある。

しかし、リッジは天然コルク栓にずっとこだわってきた。スクリューキャップとの比較試験(同じワインを2種類の栓のボトルに詰め、一定期間熟成させてからブラインドでテイスティングをする)は長く続けているが、いつも天然コルク栓に軍配が上がるからだ。かくしてリッジでは、コルク栓も樽と同様、ワインに有用な風味成分を与える能動的存在だと考えている。そんなわけで、リッジでは天然コルク栓を使い続けているのであるが、ブショネの問題を最小にするため、供給されるコルクについてロットごとに厳密な検品を行ってきた。小瓶にコルク栓をみっちりと詰め、そこに白ワインを注いで一昼夜静置した上で、ワインを試飲するのである。コルクを浸したワインに少しでもTCAの風味が感じられたら、そのロットのコルクは使用しない。なお、このテストに参加すると、コルクからワインに染み出す特有の風味が、決して小さいものではないことに驚かされる。

このようにしてリッジでは、ブショネの発生をこれまでも最小限に抑えてきたのだが、2016年に大きな転機がきた。この年、複数のコルク製造業者が、分析機械を用いてTCA不良の全数検品を行った新製品を上市したのである。世界最大のコルクメーカーであるアモリムは、NDtechというガス・クロマトグラフィーを使った技術で、TCAの残留をリットルあたり0.5ナノグラム以下に抑えた新製品を発表した(人間によるTCAの閾値は、どんなに敏感な人でもリットルあたり1ナノグラム)。このほか、M.A.シルヴァ、コルク・サプライといった他のコルク製造業者も、別の技術を用いたTCAフリーの新製品を、同じく2016年に発売している。天然コルクにずっとつきまとってきたブショネの問題に、いよいよ終止符が打たれようとしているのだ。

リッジのモンテベロ・ワイナリーでは、アモリムのNDtechを用いたTCAフリーのコルクを、さっそく採用した(アモリムがアメリカに設立した子会社ポートコルクによるICONという製品)。モンテベロ2014など、2016年以降にモンテベロ・ワイナリーで瓶詰されたワインは、すべてこのコルクを使っている。従来品より、コルク栓のコストはわずかに上昇するが、悩ましいブショネの問題からワインが守られるとするならば、たいした金額ではない。この冬、日本にも到着するモンテベロ2014は、ブショネの心配が一切ない、初めてのヴィンテージとなる。
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