連載コラム Vol.305

ラテン系のクルーたち

2017年5月15日号

Written by 立花 峰夫

雑誌などのメディアに登場したり、来日プロモーションを行ったりするカリフォルニアのワイナリー・オーナーや醸造責任者は、たいていがアングロサクソン系の白人である。しかし、ひとたびブドウ栽培、ワイン醸造の現場に目を向けると、まったく違った風景が広がっている。日々、ブドウ畑やセラーで汗にまみれながら、黙々と地味な仕事をこなす労働者は、どこのワイナリーでもメキシコほか中米の国々からの移民およびその二世や三世、いわゆるラテン系の人々である。リッジも例外ではない。

ワイン検索サイト「Wine-Searcher」に先日発表された記事によると、カリフォルニア・ワイン産業の中心地であるナパ郡では、住民の約3分の1がラテン系だという。アングロサクソン系の白人がやりたがらない、地味で低賃金の仕事をこなしてくれているのがこうした人々だ。全員が正規の滞在許可や永住権をもって働いているわけではない。同じ記事によると、ナパ郡の住民の約8%が、いわゆる不法滞在者だという。それでも、ナパのブドウ畑では人手不足が恒常化しており、収穫時期には臨時雇いの労働者のとりあいが起こる。

今年就任したトランプ大統領は、移民の受入を厳しくし、不法滞在者に対して厳しい措置をとる方針を表明しているから、カリフォルニアのワイン業界には動揺が広がっている。これ以上人手が減ったら、収穫などの畑作業を機械化するしかないという声もあちこちで聞かれるようになった。

幸い、リッジについてはラテン系クルーの全員を正規の社員として雇用しているから、臨時雇いの労働力に頼る他のワイナリーのような心配はない。ブドウ畑の作業やセラー仕事には、一年の中でかなりの山谷があるから、常時雇いの職員だけで回そうとすると、人件費の負担は増えることになる。しかし、ワインの品質を第一に考えるなら、クルーを常時雇用しておくことはとても大切である。ひとりひとりの熟練度が積み上がっていくし、天候という予測不能な変動要素による影響も受けにくい。よい例が2011年の収穫作業だ。秋に雨が多く降り、収穫に適した好天の日がわずかしかなかったこの年、カリフォルニア州の全土で収穫人夫の確保合戦が繰り広げられた。うまく人手を確保できなかったワイナリーは、ベストのタイミングでの収穫ができなかったのだが、臨時雇いに頼らないリッジの畑では、素晴らしい状態の果実が摘み取られている。

アメリカの社会においては、不法滞在者を含む移民の問題は、とてもデリケートなものだ。だが、リッジではラテン系クルーたちとワイナリー経営側のあいだに、幸せな協力関係がある。
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