連載コラム Vol.299

ジョン・ボネと新しいカリフォルニア・ワイン

2017年2月15日号

Written by 立花 峰夫

昨年10月、アメリカ人ワイン・ジャーナリストのジョン・ボネが来日を果たし、東京・大阪・京都でセミナーほかのイベントを行った。ジョン・ボネは、2006年から2015年までアメリカ西海岸の有力新聞『サンフランシスコ・クロニクル』のワイン担当記者を務め、「新しいカリフォルニア・ワイン」のムーヴメントを強く牽引したことで知られる人物。2013年秋には、『The New California Wine』の書籍を上梓し、残念ながら未だ邦訳はないものの、世界中で広く読まれている。

「新しいカリフォルニア・ワイン」とは、大雑把に言うなら「低アルコールでエレガント、酸味のキレイなワイン」であり、ロバート・パーカー全盛時にカリフォルニアの標準となった「濃厚でアルコールが高いワイン」に対するアンチテーゼ、オルタナティブとして2010年前後から話題になっているものである。2011年から2016年まで活動した生産者団体IPOB(In Pursuit of Balance=バランスを求めて)」が、その中核となった。

ボネ自身が昨年の来日時に定義した、「新しいカリフォルニア・ワイン」とは次のようなものである。

●「濃厚風味の短寿命ワイン」ではなく、「低アルコールでエレガント、長期熟成可能なワイン」
●1960〜1970年代に造られていたカリフォルニア・ワインの、「こだま」が響くワイン
●多様なブドウ品種へ向かおうとする世界的な潮流に沿ったワイン
●旧世界の技術を尊重しつつも、旧世界の模造品ではないワイン。
●テロワールの重要性に敬意を払うが、カリフォルニアらしい果実味、太陽の恵みをもつワイン
●少量生産だが、カルトワインのような非常識な価格ではなく、一般人にも手の出るワイン

ボネが所属していたサンフランシスコ・クロニクル紙は、毎年カリフォルニア・ワインの造り手の中から、ワインメーカー・オブ・ザ・イヤーを選んでいる。シアトルからサンフランシスコへやってきたボネが、着任早々の2006年に最初に選んだワインメーカー・オブ・ザ・イヤーが、リッジのポール・ドレーパーだった。この人選について、ボネは「当時の主流派に対して送ったメッセージ」だと述べている。カリフォルニアでも、もっとエレガントな優れたワインができるはずだと考えたボネは、リッジと同じ姿勢でワインを造る新しい生産者を追い求め、探求の旅に出たのである。

ボネがクロニクルに在籍していたあいだに選んだ、ワインメーカー・オブ・ザ・イヤーは以下の通りである。今をときめく新しい造り手たちだけでなく、ジョシュ・ジェンセンやキャシー・コリソンのように、ポールと同じくクラシックな造りを長年擁護してきた功労者も選ばれている。

2006 ポール・ドレーパー(リッジ)
2007 ジョシュ・ジェンセン(カレラ)
2008 エレン・ジョーダン(ファイラ)
2009 ニック・ペイ、アンディ・ペイ、ヴァネッサ・ウォン(ペイ)
2010 テッド・レモン(リトライ)
2011 キャシー・コリソン(コリソン)
2013 ダンカン・アルノー・メイヤーズとネイサン・リー・ロバーツ(アルノー・ロバーツ)
2014 スティーヴ・マサイアソン(マサイアソン)
2015 ティーガン・パッサラックア(ターリー)とモーガン・トゥエイン・ピーターソン(ベッドロック)

リッジは、生産者団体IPOB(ブルゴーニュ品種の生産者のみが加盟可能)に所属していないこともあって、「新しいカリフォルニア・ワイン」の文脈で名前が挙がることはさほど多くはない。だが、ボネが仕事を始めるにあたってリッジを強く意識していたことは、先に掲げた「新しいカリフォルニア・ワイン」の定義からもよくわかる。リッジが長年守り続けてきた哲学は、ボネが掲げる定義のほぼすべてと、ぴったり一致しているのだから。
2013年6月以前のコラムはこちらから