連載コラム Vol.297

エリック・ボーハーへのQ&A その3

2017年1月16日号

Written by 立花 峰夫

アメリカの人気ワイン・ブロガーであるアイトール・トラバードが行った、エリック・ボーハー(モンテベロ・ワイナリー醸造責任者)へのインタヴュー、最終回をお届けする(全3回)。

*******************

――ワイン造りへのアプローチについて教えて。

自分のアプローチは、品種と畑を敬うことで、私自身が反映されたようなワインを造らないことだね。「エゴのない」ワイン造りって呼んでいるよ。実のところ、「ワインメーカー」という言葉を使うのは好きじゃない。畑がワインの質にもたらす貢献を見過ごしているように思うから。ほかにない畑の個性を示そうとするワインなら、過熟ではない理想的な熟度で摘まなければいけない。過度の抽出もいけないし、オークが強すぎるのもダメ、色やタンニンを調整するべきでもない。場所を表現する自然なワインは、劣化していてもいけないけれど、亜硫酸で過度に保護するものいけない。セラーで正しく扱い、辛抱強くゆっくりと樽で熟成させてやる必要がある。自分のワイン造りのアプローチは、ポールから学んだものだと言いたいね。エレガントで抑制のきいたワイン、複雑で熟成可能なワインにするっていうものさ。

――なぜ北カリフォルニアのこの地域には、こんなにも偉大なワインが多いんだい? サンタ・クルーズ・マウンテンズの何が特別なんだろう?

サンタ・クルーズ・マウンテンズの原産地呼称は、ゴツゴツとした山のブドウ栽培地域と定義されているんだ。平地の畑はまず見つからないし、どこでも急斜面か段々畑になっている。収量は低く、太平洋の影響と海からの霧が気温上昇を抑えるから、ブドウの成熟はなかなか難しくなる。小規模なワイン生産者がほとんどの原産地呼称なんだよ。商業重視の、大規模なワイン醸造所はサンタ・クルーズ・マウンテンズのどこにもない。ブドウ栽培が簡単な地域ではないし、土地の値段も高いから、大きなところは来ないんだ。小規模なブティック・ワイナリーにとっては、立派な品質のワイン造りに集中できるチャンスがあるけれど、巨大ワイナリーによる低級品によって土地の評判が損なわれることがない。加えて言うと、サンタ・クルーズ・マウンテンズは海岸沿いのいくつかの山脈から成り立っていて、それぞれ土壌、微少気候、標高が違っている。海岸近くでは、ブルゴーニュ品種の栽培ができるし、中間あたりではローヌ品種がうまく育つ。サン・アンドレアス断層をまたいで、モンテベロが位置する東の尾根に来ると、ボルドー品種がいいんだ。

――好きな銘柄ってあるのかい? ヴィンテージによって変わるのかもしれないけど。

どれかひとつだけを選ぶっていうのはすごく難しいな。自分が仕込むワインは全部好きだからね。どのブドウ畑も特別で、今まで23年間ずっとその果実を扱ってきたから。もちろん、造っている中で一番関心が高いのは、一番知的な努力が必要なのは、モンテベロだよ。この急斜面の畑にはボルドー品種が47区画に植わっていて、ゆっくりしか熟さないし、天候変化の影響も受けやすい。仕事をするには、素晴らしく複雑な場所なんだ。仕込むのが最も大変なワインでもある。それぞれの区画を注意深くワインにし、樽に寝かせたら、選別のための入念なブラインド・テイスティングが行われる。ブドウ樹がどんな生育期間を過ごしてきたかによって、品種構成が変わるんだ。

――仕事以外のときには、どんなスタイルのワインを飲むんだい?

大抵の場合、興味をもつのはほかの冷涼気候産地のワインで、天然の酸が強く、タンニンの骨格がしっかりしているものだね。いくつか例を挙げるなら、ボルドー左岸、ロワール、ムルソー、南アフリカ、スペイン北西部とかのワインを楽しんでいるよ。特に、熟成したワインが好きでね。だから、頻繁に訪れるワイン産地がボルドーなんだ。

――君のワインに見られる君らしさっていうのはどんなものだい? エリック・ボーハー味になるのかい?

ワインに個人の痕跡を残さないのが自分の望みなんだ。私らしさは、ポール・ドレーパーらしさによく似ていて、ワインに人の印をつけないっていうものさ。畑と品種の個性が、ブドウからワインへと翻訳されてほしい。長期熟成できるようにするために、激しい抽出が必要だとは思わないから、私が仕込むワインはいつもエレガントで、バランスがとれていて、フィネスに満ちている。発酵中のテイスティング、ルモンタージュについての意志決定、いつプレスするか、どうプレスするか、選んだ材料をどうブレンドするかといったことを、慎重に行うからこそさ。

――リッジにいる身として、好みの銘柄を3つ上げてくれないかい?

白で唯一造っているのが、モンテベロの畑のシャルドネなんだ。(他の産地のワインをこれまでずいぶん飲んできた上で)まちがいない確信になっているのは、これが世界で最も偉大な白ワインのひとつだってことさ。選別、バトナージュ、熟成のアプローチを変えてきたから、年々良くなってきている。ガイザーヴィルも好きだね。130年を超す古木を含む、ジンファンデル主体の混植の畑さ。古代の河川敷にあって、砂利と河石のおかげで排水がいい。ガイザーヴィルのワインは50年も造られてきている。30〜40年の熟成ポテンシャルをもつ力強いワインを産んできたこの場所の実績は、大変なものさ。今でも68年が楽しめるぐらいなんだから。3つめのワインはモンテベロの赤。ボルドーの1級シャトーの多くより、厳密な手法で造られている。世界のあらゆるワイン産地を見渡しても、海への近さ、石灰岩の土壌、地中海性気候、高い標高がひとつの場所にすべて備わっているところは、他のどこにもないんだ。

2013年6月以前のコラムはこちらから