連載コラム Vol.294

モンテベロ・ワイナリーの醸造研修生2016

2016年11月30日号

Written by 立花 峰夫

リッジのモンテベロ・ワイナリーでは、毎年一名(年によっては二人)、有給の醸造研修生を受入れている。世界中のさまざまな国から、ワイン造りの「修行」をする若人がやってきて、実務と精神の双方を学んでいくのである。研修生の力を借りなくても、現場は十分に回るのだから、これはワイナリー側からすると「胸を貸して」やっている状態だ。だからリッジでは、研修生といえどもつまらない下働きばかりさせられるわけではない。醸造責任者ともひんぱんに口がきけるし、重要なテイスティングにもすべて参加させてもらえる。実に贅沢な話である。以前、ポール・ドレーパーにこの厚遇の意図について尋ねたことがあるのだが、「リッジの伝統的なワイン造りの哲学を学んでもらい、世界に広めてほしいから」というシンプルな答えだった。

研修生がもたらしてくれるものもある。他国のワイン造りの技術をシェアしてくれもするし、研修生として来て、そのままアシスタント・ワインメーカーに採用されたものも過去にいた。これまでの研修生の顔ぶれを見ると、ワイン好きなら誰もがその名を知るような、有名なワイナリーの跡継ぎも少なくない。かくゆう筆者も2003年の醸造研修生なのだが、これは今も私の誇りである。私自身は醸造家にはならなかったが、数ヶ月の現場で学んだ実に多くのことが、その後に始めた書き物の仕事で生きている。リッジの研修で身につけたことのエッセンスを、筆に載せて広めようとする立場になった。

今年(2016年)の収穫時期、モンテベロ・ワイナリーにやってきた醸造研修生は、フランス人のフロリアン・ブルノー。1991年生まれで、10月に25歳になったばかりの男である。出身は北西部のノルマンディー地方で、ワインではなくシードルやカルヴァドスが有名なエリアだが、フロリアンは18歳のころにはもう現場に入り、ワイン造りのキャリアをスタートさせていた。ディジョンの学校で栽培・醸造を修めつつ、ボジョレ、マコン(ブレット・ブラザーズ)、コート・ドール(アルロー、トラペ)の蔵で修行を積んだ。その後は、ボルドー地方ポムロールのシャトー・ラフルール・ペトリュスでメルロの仕込みを学び、翌年は同じムエックス傘下のナパの名門ドミナスへ。そこから南半球へ飛んで、ニュージーランド南島セントラル・オタゴのマウント・エドワードにおいて、リースリングと再びピノ・ノワールの仕込みを経験した。そのあと、もう一度カリフォルニアに戻り、今度はリッジでカベルネとジンファンデルの仕込みを学んでいる。

多数のワイナリーを渡り歩いているだけあって、若いながらも現場仕事の経験はすでに豊富、即戦力として使える人材だった。フランス人らしいと言うべきか、どうでもいいようなことをいつもグダグダと長く話しているが、手や足はちゃんと動いている。仕事に対しては実に生真面目でよく働く。リッジには12月までいて、そのあとはオーストラリアのバロッサにいく予定だという。最終的にはフランスに戻るのかと尋ねてみると、「ノン。フランスでは将来働きたくはない。人々の心がオープンな、カリフォルニアがいい」と、話していたのが印象的だった。
2013年6月以前のコラムはこちらから