連載コラム Vol.275

エレガントなワインの隆盛

2016年2月15日号

Written by 立花 峰夫

いつのまにか、エレガントなワインが主流になっていた。浜辺にいて、気がついたら潮が満ちていたかのような変化だ。アルコールが控えめで、食事にあう繊細なワインが世界中で造られ、好まれるようになった。

1990年代から2000年代にかけての20年間、世界のワインは濃厚なワイン一辺倒であった。カリフォルニアにあっては、「生理的成熟」という言葉が過熟したブドウの言い訳になり、高くなりすぎたアルコールをハイテク技術で是正するのが当たり前になっていた。ロバート・パーカーほかの評論家たちからは、気前のよい点数が振る舞われる。だが、ポートワインのように重たいその風味を、ほんとうに愛していた消費者がはたしてどれだけいたのだろうか。

変化が起きたのは2010年頃である。濃いワインのほうに触れっぱなしだった振り子が、少しずつ逆方向に戻り始めた。揺り戻しの動きはあれよあれよという間に加速し、世界的な潮流となっていく。カリフォルニアでは、IPOB(In Pursuit of Balance バランスを求めて)という名の生産者団体が2011年に結成され、濃いワインのアンチテーゼとなる新しいカリフォルニアワインを提案し始めた。オーストラリアでは、ヴィクトリア州、タスマニア島といった冷涼な地域に注目が集まり、旧来のイメージを一新するピュアでニュアンスに満ちたワインが造られるようになった。冷涼な地域がホットなのは、チリ、南アフリカといった国々でも同じだ。伝統国フランスのワインにしても、昨今はロワール、ジュラといった冷涼産地のワインが、最先端のワイン市場ではもてはやされている。

もちろん今でも、ナパ・ヴァレーでは濃厚なワインが造り続けられていて、パーカーも熱烈に褒めちぎりはしているのだが、もはやニッチに退いた感がある。「ワインの帝王」として約30年王座に君臨したパーカーだが、さすがに時代に飽きられたのか。過去10年、パーカーが段階的に引退への道を歩みつつあり、評論を配下の「弟子」たちに譲ってしまったことも影響しているだろう。パーカーのお膝元アメリカでは、アントニオ・ガッローニ、ジョン・ボネ、エリック・アシモフといった、繊細なワインを高く買う次世代の評論家たちが台頭してきた。

かように時代が移り変わる中でも、リッジはずっと不変のポリシーを貫いてきている。濃いワイン全盛の時代、逆風が吹いていた頃も、リッジは常にエレガントで食事にあうワインを世に出し続けてきた。その姿勢はきっとこれからも変わらない。古典と呼ばれるワインとは、産地を問わずそうしたものなのだ。
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