連載コラム Vol.273

ピアス病対策最前線

2016年1月15日号

Written by 立花 峰夫

ブドウを枯らす恐ろしい存在としては寄生虫のフィロキセラが有名だが、アメリカ大陸にはピアス病という不治の病がある。これは、Xylella fastidiosaという細菌が引き起こすもので、罹患したが最後、数年のうちに樹は枯死してしまう。樹から樹への感染を発生させる媒介生物は、シャープシューターと呼ばれるヨコバイの仲間である。ピアス病は、ノースカロライナ州からテキサス州にかけての米国南東部で広く見られ、カリフォルニア州南部でも大きな被害が出ている。この病害が広がるためには冬の気温が高いことが必要なため、いまのところ被害が深刻なのは温暖な南の地域である。しかしながら、2015年にはカリフォルニア州北部のナパやソノマ、ワイン・カントリーの中心部においてもかなりの被害が出た。これは、2015年が記録的な暖冬だったためと考えられている。ヨーロッパでも、オリーブやブルーベリーといった作物での被害報告が最近はちらほら出はじめた。

高まりつつある脅威に対し、カリフォルニアのブドウ生産者が戦々恐々としていた2015年の夏、有効な対策が開発されたというニュースが流れた。テキサスA&M大学で植物病理及び細菌学を研究する、カルロス・ゴンザレス教授率いるチームによる仕事だ。ウィルスの一種であるファージを使用した生物的な対策で、ファージの感染によりピアス病の原因菌を死滅させることができるという。教授のチームは、ピアス病の原因菌を殺すファージをこれまでに100以上分離し、そこから4種を選んでそれらの混合物であるカクテルを調製し、温室でブドウの木を用いたモデル感染実験で効果があることを報告した。これまで、ピアス病の対策としては、殺虫剤で媒介昆虫の繁殖を抑えることしかなかったので、ファージ利用は農薬を減らすことにもつながる。昨今、遺伝子組み換えによってピアス病に強いブドウを生み出す研究も続けられているが、ファージのほうがはるかにスマートである。

このプロジェクトには、リッジのポール・ドレーパーが深く関わっている。ファージによる生物的コントロールというアイデアを、最初に出したのが彼なのだ。インドを旅していたドレーパーは、ガンジス川の水を飲んだ人々が、そこに含まれるファージの効果でコレラに罹らないという記事を読んだ。そこでピアス病への応用を思いついたらしい。リッジのオーナー会社である大塚製薬に協力を求めた結果、大塚製薬とテキサスA&M大学の共同研究が発足した。

ファージによる対策は、今のところまだ実験圃場での研究段階だが、順調にいけば数年内に実用化が可能だとニュースは伝えている。温暖化が進みつつある昨今、ピアス病の抑止はアメリカのワイン産業にとって火急の課題である。この研究がワイン産業にもたらす恩恵は、計り知れないほど大きい。
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