連載コラム Vol.245

ポール・ドレーパー来日セミナー2014 その5

2014年10月31日号

Translated by 立花 峰夫

2014年3月、リッジのCEO兼最高醸造責任者であるポール・ドレーパーが7年ぶりの来日を果たした。以下は、3月26日に東京青山のアカデミー・デュ・ヴァンで行なわれた講演の記録である。(全5回中の第5回)

<テイスティング>
●Cabernet Sauvignon Estate 2010
●Monte Bello 2004
次のワインは、2010年のカベルネ・ソーヴィニョン・エステートです。かつてサンタ・クルーズ・マウンテンズと呼んでいたワインですね。シャルドネでも、ボルドー品種でも、モンテベロの畑の区画の約半分は、畑名を冠したワインとは異なるスタイルに仕上がります。若いうちから楽しめて、熟成による風味が出始めるのも早いのです。残りの半分はといえば、その複雑味が完全に花開くまでにはもっと時間が必要となります。そのため、私たちはそれぞれの区画を、それまでの履歴に応じてモンテベロ用、エステート用と区分けしています。

さて、この2010年のカベルネ・ソーヴィニョン・エステートは、次の一点を除きモンテベロ赤とまったく同じように造られています。唯一の違いは、若いうちから飲みやすいワインということを考慮して、モンテベロほどタンニンが重厚にならないようにしている点です。エステートとなる区画については、発酵中にタンニンを抽出しすぎないように注意を払っています。

さきほどお話したように、リッジの創設当初はサブマージド・キャップ・マセレーションを行なっておりました。優しい抽出がなされる方法ですが、抽出度合いをコントロールすることはできません。その年の天候によって、種からのタンニンが抽出されやすいこともあれば、逆のこともあるのですが、そうした変動に合わせることができないのです。そこで私たちは、抽出方法をルモンタージュ(ポンピング・オーヴァー)に変更しました。変えてからもうかなりの年数になります。ワインを果帽の上からとても優しく振りかけてやるのです。ただし、モンテベロでもカベルネ・ソーヴィニョン・エステートでも、果帽の上からのルモンタージュを3日ほど行なった時点で止めるようにしています。モンテベロのブドウは、色だけでなくタンニンも急速に抽出されますから。ルモンタージュを止めたあとも、液をタンクの下部から引き抜いて、ポンプを使ってタンクの上部から再び戻すことは続けるのですが、果帽の上からふりかけず、果帽の下に戻すようにします。そうすれば、ワインには酸素が供給されるので、酵母の増殖は続くのですが、タンニンの抽出は抑えられます。

ご存知だと思いますが、ワインに含まれているタンニンの90%以上が、種からきているものです。果皮からきているものはほとんどありません。果皮に含まれているのはタンニンとは異なるフェノール化合物で、アントシアニンという色素です。さて、種からのタンニンと、果皮からの色素は結合するのですが、この結合については、うちの分析室でも調査を続けています。これまでの話で私は触れませんでしたが、リッジの分析室はとてもハイテクで、最先端の機器が揃っています。一枚の壁で隔てられて片側では19世紀流のワイン造り、ローテクな仕事が行なわれており、もう片側では液クロ、ガスクロ、分光光度計による高度な分析、ハイテクな仕事が行なわれているのです。リッジぐらいの規模のワイナリーで、これだけ進んだ分析質を備えているところはありません。

もう随分前、80年代のことですが、分析室での調査を通じて、種からのタンニンが色素と結合することを発見しました。この結合が壊れないでいると、ワインのボディが豊かになり、通常よりもずっと多量のタンニンをワインに含むことができるようになります。こうした多量のタンニンを含むワインを飲んでも、そのタンニンはある種コーティングされているように感じられます。骨の周りに肉がついているような感じですね。なので、飲んでもそれほどタンニンが多いように思われないのです。しかし、ワインを弄くり回しすぎたせいで、この結合が壊れてしまうと、タンニンがとても荒々しく感じられるようになります。リッジのカベルネには、たいてい非常に多量のタンニンが含まれていますが、結合が壊れていないため、そんなふうには感じません。そうなる理由は、畑とワイン造りの双方にあると私たちは考えています。

ともかく、このタンニン量のおかげでワインの寿命が長くなります。もうひとつ、モンテベロやエステートのカベルネの寿命に貢献している要素があり、それは酸味の強さです。(モンテベロの畑は)夜の温度が低いのですね。ブドウの生育期間中、24時間の平均では、モンテベロの気候はボルドーと極めて近いです。ただし、夜の気温はボルドーよりかなり低く、昼の気温はかなり高くなります。ボルドーのように、モンテベロと比べて夜の温度が高いところでは、ブドウの成熟にあわせて酸味が下り続けるのですが、夜の温度が低いと、酸味が分解されず保たれるのです。結果として、モンテベロの畑でとれるブドウのpHは、収穫時点で3.0から3.3の間になります。このブドウからワインを仕込むと、ほとんどの区画において、天然乳酸菌でのマロラクティック発酵完了後のpHが3.5、3.55といった値になります。酸味は強いながらも、私たちにとっては理想的な数値です。

2011年から、リッジではラベルに原材料を表示するようになりました。酸味があまりに強いときには、炭酸カルシウムを添加して過剰な酸を和らげることがあります。除酸は、早く摘まざるをえなかった年のボルドーでも行なわれますし、北イタリアのバルベーラでは毎年のように行なわれています。もし、収穫された時点のpHが3.0しかなかったとすると、ワインにしたあとでも3.25から3.3という値にしかなりません。これほど強い酸味が、(多量の)タンニンと一緒に存在すると、飲んで楽しいワインではないのです。それで炭酸カルシウムを使うことがあるのですが、もし使った場合はラベルに表示するようにしています。炭酸カルシウムは、おそらく200年ぐらいにわたってワインに用いられてきた物質で、リッジで使われる数少ない添加物のひとつです。もちろん、全てのワインに加えるわけではありません。酸味が強すぎる点を除けばバランスのとれている区画のワインに、必要最小限用いているのです。

本日、ほぼ十年の熟成を経た、2004年のモンテベロを試飲できることをとても嬉しく思います。アメリカの顧客に対しても、望みうるならば8年、10年、12年熟成させてから飲んでほしい、そうすれば熟成による複雑味が味わえますよと話しているのですから。実際にそうしてくれる人は、決して多くはありませんが。ですから、2004年を今飲むというのは、私たちにとって理想的なのです。

2004年はどちらかというとエレガントなヴィンテージで、熟成のピークに達するには20年から25年はかかると考えていたのですが、今10年経ったものを飲んでみると、熟成による複雑味をすでに見て取ることができます。優れたヴィンテージなのですが、この年の秋には、ブドウの75%ほどを収穫したタイミングで、とても激しい嵐に見舞われました。ボルドーでなら、その程度の雨などなんでもないと思われるかもしれませんが、(雨が普通降らない)カリフォルニアの私たちはとても心配になりました。とはいえ、大変幸運なことにその嵐のあと、強い日差しにそよ風が吹くという大変な好天に恵まれたのです。天候の回復によってブドウは乾燥・完熟し、結果として雨のあとに収穫した区画の大半も、モンテベロに含めることができました。振り返ってみれば、とても成功したヴィンテージとなったのです。ご存知かもしれませんが、カベルネ・ソーヴィニョンは比較的雨に強い品種で、数回の雨に耐えることができます。果皮が厚く、果粒どうしが密着していないからです。

カベルネ・エステート2010と比べると、モンテベロ2004は補助品種の比率が高くなっています。プティ・ヴェルドやカベルネ・フランのブレンド比率が少し高いのですね。ブドウの熟度は、エステート2010もモンテベロ2004もほぼ同じで、前者のアルコール度数が13.0度、後者が13.2度です。ちなみに、過去15年間のカベルネのアルコール度数の平均は、13.1〜13.2%になります。

時折、モンテベロでも温かい年はあります。ですから、もしブドウを収穫せずに待ち続ければ、アルコール度数15%を超すような、現在ナパで主流のスタイルのカベルネをリッジでも造れるでしょう。そうしたワインでは、黒系果実の要素が強くなる一方で、適熟の果実でなら得られるであろう赤系果実の風味は失われ、ブラックオリーヴなど生き生きとした爽やかなニュアンスも失われてしまいます。代わりに、巨大で強靭極まりない猛烈な凝縮感は得られますが、風味は黒系果実しか感じられないでしょう。個人的には、そういったワインは料理にうまく寄り添ってくれないように思われます。アルコールや果実味が強すぎて、料理を圧倒してしまうのです。モンテベロの畑から自然に生まれるワインのスタイルは、幸運なことに私たちが好ましいと感じるものでした。ナパの生産者たちにも、もっとバランスのよいスタイルに戻ってほしいところです。しかし、彼らの造ったものもいい値段でよく売れているので、スタイルを変える理由がないのです。

私たちはどんな年であれ、カベルネだろうとジンファンデルだろうと、ブドウが過度に熟することがないよう、ブドウ畑でのサンプリングを行って熟度を観察しています。区画ごとに何度もサンプリングを行い、分析室で糖度、酸度、pHを測定するのです。そのあと、得られた果汁をコップに入れて並べ、比較試飲します。開始当初は10ぐらいのサンプル数ですが、収穫直前になると30を超えます。それぞれのサンプルは、区画を縦横に動きながらランダムに採取した、100粒の果粒で作られます。偏ることがないよう、房を見ないで果粒を採取し、ある房で外型の果粒を取ったなら、次の房では内側から粒を取るといった具合にします。その結果、その区画の成熟度を平均したサンプルが得られるわけです。

サンプルが得られたら、栽培チームと醸造チームに試飲してもらい、あとどれぐらいでブドウが収穫できる状態になるかを予測します。こんな話があります。2004年のジンファンデルについては、8月という早い段階でサンプリングを開始しました。この年は、サンプリングの初日にして、すでに完熟していると判断された区画がありました。リッジの歴史の中で、8月という早い時期に収穫を開始したことはそれまでありません。しかし私たちは、サンプルの試飲結果に基づいて8月からソノマのジンファンデルの収穫を開始しました。9月上旬までには収穫を終えたのですが、この判断が吉と出ました。9月上旬に熱波がやってきたため、収穫を待っていたほかのワイナリーの畑では、ブドウが過熟してしまったのです。モンテベロの畑でも、この年同じようにサンプリングはしていましたが、収穫が始まったのはジンファンデルより1ヶ月ほどあとのことでした。
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