連載コラム Vol.241

ポール・ドレーパー来日セミナー2014 その3

2014年8月29日号

Translated by 立花 峰夫

2014年3月、リッジのCEO兼最高醸造責任者であるポール・ドレーパーが7年ぶりの来日を果たした。以下は、3月26日に東京青山のアカデミー・デュ・ヴァンで行なわれた講演の記録である。(全5回中の第3回)

<テイスティング>
●2012 Chardonnay Estate
先ほども申し上げたように、モンテベロの畑は禁酒法撤廃後の1940年代後半に、再植樹が始まりました。創設者たちが後に買うことになるこの畑には、少量のシャルドネが植えられていたのです。そのため、商業ワイナリーとしての初ヴィンテージである1962年から、リッジでは2、3樽のシャルドネを生産していました。その量は、(創設から今に至るまで)常に全生産量の約5%程度しかありません。以前は、ほとんどの人がリッジでシャルドネが造られていることを知りませんでした。95%が赤ワインなのですから、赤ワインだけのワイナリーだと思われていたのです。しかしながら、少しずつ人々がリッジのシャルドネを味わう機会を持つようになり、今では需要過多の状態になってしまっています。それでも、私たちの昔ながらの醸造設備では、シャルドネの生産量を増やすことができないのです。この先もずっと、白の生産量は非常に少ないままでしょう。

(モンテベロの畑では)2種類のシャルドネ、2種類のボルドー品種の赤ワインを生産しています。すべての畑がモンテベロの尾根の上にあるのですが、長年のワイン造りと試飲を通じてわかってきたことがあります。赤白問わず一部の区画からできたワインは、若いうちから楽しめる仕上がりになるということです。モンテベロの名を冠した(フラッグシップの)赤白ほど、長期間の瓶貯蔵によって熟成風味を発達させてやる必要がありません。本日試飲するシャルドネ・エステートは、数ヶ月前に瓶詰めされたところですが、既に開いていて今飲んでとても楽しいワインです。一方、同じ年のシャルドネ・モンテベロはと言えば、瓶詰めはつい先日なされたものの、この先1年半のあいだは発売されません。まだまだあまりに固くて、今飲んでも面白くも楽しくもないからです。こうした差は、毎年シャルドネでもボルドー品種の赤でも見られます。

シャルドネでは2009年ヴィンテージから、ボルドー品種の赤では2008年ヴィンテージから、それまでの「サンタ・クルーズ・マウンテンズ」という名称を「エステート」というものに変更しました。というもの、私たちはいつもこんな質問を受けていたからです。「フラッグシップの銘柄はモンテベロの畑のもの、もうひとつはサンタ・クルーズ・マウンテンズとラベルにありますが、後者の畑は実際どこにあるのでしょう? どこの畑からブドウを買っているのですか?」。しかし実際には、どちらのワインもモンテベロの畑のブドウを使っています。そんなわけで「エステート(自社畑の)・シャルドネ」、「エステート・カベルネ」という名前に変えたのです。

このシャルドネの製法は、とても伝統的なものです。リッジではピノ・ノワールを造っていないため、私はブルゴーニュの製造技術にはさほど通じていません。ブルゴーニュには友人がたくさんいて、訪問もするのですが、技術については研究してこなかったのです。とはいえ、私たちのシャルドネの造り方は、ブルゴーニュの手法にとても近いと人からは言われます。

ブドウの収穫は、ブドウの温度が低い早朝に行ないます。収穫も、その後の圧搾・発酵も区画ごとです。収穫されたブドウは、全房で圧搾されます。除梗も破砕もしません。ブドウを房のまま、非常に優しく働くメンブラン(膜)式圧搾機に投入して絞ります。その結果、固形成分の少ない果汁――固形成分が約1%含まれる果汁になるのですが、これが理想的な数値なのです。もし、破砕・除梗というプロセスを経たならば、固形成分の比率は8〜10%にもなるので、発酵開始前に澱として沈めて取り除く必要が出てきます。さもなければワインの質が低下するからです。しかし全房で圧搾しますと、より精妙で高品質なワインを仕込むことができます。

圧搾後はすぐに、果汁をタンクに移します。早朝に収穫するため、果汁の温度は通常低いのですが、もし望むレベルまで低くないような場合は、冷水によってタンク内の温度を下げます。この過程において極めて重要なのは、ルモンタージュ(ポンプ・オーヴァー)用の器具を使って、果汁を開放タンクの上から振りかけるように落とすことです。とても優しく働く器具で、赤ワインに使う場合、果帽の上からやわらかく果汁を振りかけてくれます。2、3時間の間、この器具を使ってシャルドネの果汁に空気を混ぜるのですが、その結果わずかに果汁が茶色くなります。しかしながら、この酸化のために生じる褐変の成分は、樽発酵のあいだに沈殿してしまいますので、最終的には自然に透明なワインが得られるのです。もし、早い段階でこのようにワインを多少酸化させてやらなければ、この(茶色くなる)黄色い色素成分が最後までワインに残ってしまうのですが、それは品質上マイナスになります。

それから果汁を樽に移すのですが、その時点で必要最小限の亜硫酸を添加します。35ppmほどです。果汁を樽に移す前には、1%の固形成分をすべて、優しく動作する攪拌機で果汁に混ぜ込むようにします。ですから、すべての樽に同じ分量の固形成分、栄養分が含まれることになるのです。3〜5日のあいだに、全部の樽で天然酵母でのアルコール発酵が始まります。翌年になるまでには、糖分がなくなってアルコール発酵が終わります。そうなっても、大きな澱を取り除くことはせず、樽内に沈殿物が残ったままにします。1か月もしないうちに、天然乳酸菌によるマロラクティック発酵が始まり、4月か5月まで続きます。春になると、セラーの温度が少し高くなりますので、マロラクティック発酵の完了の助けとなります。この時点になっても、まだ大きな澱は樽から取り除かれていません。マロラクティック発酵のあいだは週に一度、澱の攪拌――フランス語のバトナージュ――を行い、澱がワイン中に再び舞うようにします。この攪拌作業のおかげで、ワインのスケールが大きく、より複雑になります。やりすぎるといけないのですが、週に一度なら複雑味を与えてくれるのです

マロラクティック発酵が終わると、再度必要最小限の亜硫酸、量にして35ppmほどを添加し、そのまま澱とともに8月か9月まで熟成を続けます。2012年の場合は、確か9月12日だったと思うのですが、澱引きをして、エステートになる区画のワインをブレンドしました。年によっては、そのあとまた樽に戻してさらに熟成させることもあるのですが、2012年についてはこの時点で充分楽しめるバランスのよい状態になっていましたから、そのまま瓶詰めへと進みました。もうひとつお伝えしておくべきなのは、飲み手の人たちは、たっぷりとしたオーク風味など求めていないのだと、私たちが固く信じていることです。白ワインでは特に、オーク風味はのさばりやすいのですから。このワインに使われている新樽の比率は、わずか19%です。11%が1年使用樽、7%が2年使用樽、63%が3〜5年使用樽となります。この比率では、発酵・熟成を通じて、とても穏やかなオーク風味しかつきません。ほとんどのヴィンテージでは、瓶詰め前に濾過も清澄も必要ではありません。総じて言うと、とても伝統的かつ自然な方法でシャルドネを造っていまして、その結果生まれるワインのスタイルを、自分たちでとても気に入っています。
(次回に続く)
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