連載コラム Vol.366

瓶詰めの重要性

2020年8月20日号

Written by 立花 峰夫

破砕・除梗、圧搾、アルコール発酵、マロラクティック発酵、樽熟成、ブレンド、清澄・濾過……収穫から瓶詰めに至るまでのあらゆる醸造・熟成プロセスが、ワインメディアでは日夜つぶさに語られているのだが、ほぼ「皆無」と言っていいほど顧みられないのが最終工程の瓶詰めである。次回から2回にわたり、モンテベロ・ワイナリーの醸造責任者エリック・ボーハーによる、リッジの瓶詰めについての文章を訳出するが、それに先立ち今回は、この工程がいかに大切かを少し述べておきたい。

瓶詰めは、ワインの品質管理上、決定的な重要性をもつ。単にできあがったものを容器に詰めるだけではないのだ。この最終関門で何らかのしくじりがあると、そこに至るまでの1~3年の栽培・醸造のあらゆる努力が水泡に帰してしまう。瓶詰めは今日、高度に自動・機械化されたラインで行うのが常であるが(ただし、小規模な自然派生産者の中には、今も昔ながらの手詰めを行っているところはある)、このラインの管理自体がかなりのノウハウとスキルを必要とするタスクであり、誰でもこなせるようなポジションではない。

自動化された瓶詰めラインは、ワイナリーが所有する設備・機器のなかで、最も高価なのが常である。逆に言えば、お金をかけねばならぬ必然性があるということだ。規模・資金の面で自社の瓶詰めラインを所有できない生産者の場合、外部の業者に委託して瓶詰めしてもらう。ボトリング・トラックと呼ばれる、トレーラーの荷台に自動瓶詰めラインを積載した便利な業者が昔からいて、ワイナリーへとやってきて瓶詰めをしてくれるのだが、これは品質管理の仕上げを外部の手に委ねることを意味するから、そこにはリスクがある。零細生産者が多いフランス・ブルゴーニュ地方ではかつて、こうした瓶詰め業者が行う充填前の過度の濾過によって、繊細なピノ・ノワールの質が損なわれてしまうことが大問題となった。

瓶詰め過程にひそむリスクは濾過だけではない。充填量を一定に保つことは基本中の基本だし、充填時に溶存酸素量のコントロールをしくじれば、ワインの寿命に影響がでてしまう。瓶詰め時に異物が混入しないように注意を払わねばならないし、この段階で微生物汚染が生じないようにもしなければならない。瓶詰めラインにおいては、充填・打栓のあとキャップシールの瓶口への装着とラベル貼りまでを自動で行うのだが、そこで管理不備があると、外観の損なわれた不良ボトルが大量に発生してしまう。特に日本市場は、主要な世界のワイン市場の中で、もっとも外観に対する消費者の要求水準が高いところのひとつであり、キャップシールやラベルのごく軽微な不良ですら、クレームにつながることがある。

リッジでは、この最終段階においても万全の管理体制が敷かれており、瓶の中身は健全な状態がその後長年にわたって保たれるし、外観の不良発生率も極めて低い。瓶詰めラインを管理するスタッフは、まさに縁の下の力持ちなのである。

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