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連載コラム Vol.94
世代交代のむずかしさ
  Written by 立花 峰夫  
 
 今回もさらにワイナリー売却にまつわる話である。以前にもこのコラムで取り上げたが、近年のアメリカにおけるワイナリーの所有権移転の中で、最もインパクトが大きかったのはロバート・モンダヴィのそれである。長年ナパ・ヴァレーの成功の象徴であったこの家族経営ワイナリーは、2004年に世界最大のワイナリー・グループであるコンステレーションに買収されてしまった。

 売却直後にも、その原因をめぐってはさまざまな報道がなされたのだが、1年ほど前に決定的な文献が発表された。ジュリア・フリン・シラーというジャーナリストが記した、The House of Mondaviという内幕暴露本である。シラーは、ロバート・モンダヴィ・ワイナリーの誕生、繁栄、そして落日の日々を、家族の諍いを主軸に描きだした。読んでいて楽しい本ではないものの、20世紀後半のアメリカで最も輝いていたワイナリーに、何が起きたのかをつぶさに知ることはできる。

 さほど複雑な話ではない。ロバート・モンダヴィという度を超してエネルギッシュな完璧主義者が、家族との軋轢をものともせず猪突猛進し、莫大な富と名声を手に入れる。短期間に急成長したワイナリーは株式上場を果たし、しばらくは順風満帆であった。しかし、父から息子への世代交代が、なかなかうまく進まない。父のワンマンぶりが度を超していたこともあるし、二人の息子に自覚とエネルギーが足りなかったこともある。とりわけ、二人の息子の仲が悪かったことが、家族だけでなくワイナリー経営にも深刻な悪影響を及ぼした。とうとう、息子たちは一族以外の役員たちが起こしたクーデターによって会社を追われてしまい、一族はコンステレーションへの株式の売却を余儀なくされた、というのがおおまかな筋書きである。

 さて、リッジの場合はどうだろうか。創業オーナーたちから大塚グループへの売却は成功だった。売却後も、リッジの名声はうなぎのぼりになっていったからだ。ただし、それはポール・ドレーパーという偉人がワイナリーの中心に留まり続けたから、という部分が大きい。ドレーパーは現在72歳、本人曰く「90歳まではやる」ということだが、それでもいつかは世代交代が必要になる。次世代を担う三人、モンテベロ・ワイナリーの醸造責任者 エリック・バウアー、リットン・スプリングス・ワイナリーの醸造責任者 ジョン・オルニー、栽培責任者のデヴィッド・ゲイツの責任は重大である。今後のさらなる飛躍の可否は、世代交代の成功にかかっているのだ

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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。