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連載コラム Vol.9
Who's Paul Draper ? -次世代へのバトン
  Written by 立花 峰夫  
 
  90年代の半ばを過ぎる頃から、ポールは次世代の育成を意識しはじめる。「90歳まではワインを造る」と頼もしい言葉でファンを安心させる一方で、日常の細かな業務は部下にまかせ、自らは一歩引いたところでキーの判断だけをするようになった。エリック・バウアーとジョン・オルニーという優秀な若き醸造家が相次いでリッジに参画してきたことが、その決意を促したのだと思われる。
 エリックは94年に、ジョンは96年にそれぞれリッジにやってきた。エリックがモンテ・ベロ・ワイナリーの、ジョンがリットン・スプリングス・ワイナリーのプロダクション・マネージャーとして現場を指揮しており、今はともにリッジの副社長のポジションにある。二人は良きライバルとして、ポールの下で互いに切磋琢磨している。
 化学者あがりのエリックが冷静沈着にして緻密、サイエンスと理性の人なのに対して、ジョンはいわば野生の人で、鋭い勘を駆使したワイン造りをする。エリックはどちらかというとアポロン的、ジョンはどちらかというとディオニソス的だが、二人とも反対の要素も備えている。ポールが後継ぎとして選んだ二人の醸造家が、補いあうようにしてアポロン/ディオニソスの類型にハマっているのはまことに興味深い。次世代は着実に育ちつつある。
 今でもポールは毎日ワイナリーにやってくる。いつも、白いむくむくの愛犬LGを連れていて、クルーと朗らかに語り合う。完璧な紳士で、フランクな会話を楽しむときも決して汚い言葉は使わない。いい加減な作業を見れば厳しい顔も見せるが、スタッフ全員から全幅の信頼を勝ち得ている。
 ポールと家族が暮らす家はモンテ・ベロの山頂にある。ワイナリーから車で1分、畑の中の道を登っていった突き当たりである。庭からは太平洋に沈みゆく夕陽が間近に見え、言葉を失うほど美しい。一線を退いた後、ポールは妻や娘と過ごす時間、自分のために使う時間を増やした。仏教学、神話学、音楽などなど、その知的興味は尽きず、自宅の壁はおびただしい数の書籍が並ぶ本棚で覆われている。
 先日ポールにインタヴューした時、「生まれ変わったらどこでワイン造りをしたいか」と尋ねてみた。ポールは言葉を選びながら長々と前置きをしたが、最後には「モンテ・ベロだろう」との答えを返してくれて安心する。そう願いたいと切に思うのは、きっと私だけではあるまい。

参考文献(全回を通じて):
“Zin - The History and Mystery of Zinfandel”, David Darlington, Da Capo Press
“Through the Grapevine”, Jay Stuller and Glen Martin, Wynwood Press
Decanter Magazine March 2000
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生として醸造を経験。