カリフォルニアでは今も昔も、「誰」がワインを造っているかがとても重要である(フランスは必ずしもそうではない)。ワインの腕前だけではなく、気のきいたことが言えるか、ルックスが優れているかなどなど、つまり醸造家にスター性があるかどうかで、ワイナリーの名声、ひいてはワインの売上が変わってくるのである。ポール・ドレーパーは、早い段階からその事実に非常に敏感であった。
若い頃から、ポールは他人の目に自分がどう映るかを人一倍気にする男だった。南米時代、砂塵がまきあがる荒れ地でもコンタクト・レンズを常にはめていたとか、まともな飲み水がないような場所でもジーンズにアイロンをあてていたとか、単なるお洒落さんを超えた数々の逸話が残されている。
デイヴ・ベニオンからリッジのワインメーカーの座を引き継いだポールは、「カリスマ醸造家」のイメージを周到に造り上げ、メディアへの露出に細心の注意を払った。ジャーナリスト達は皆ポールに心を奪われ、そのワインだけでなく彼という個人、とりわけその冴えわたる知性にも絶大な称賛を与えたが(「米国一知性的な醸造家」、「実存主義的ワインメーカー」などなど)、それは彼の計算の範囲内だったとも言える。口を閉ざして黙々とセラーで働くことだって出来たわけだが、彼は世間に自分の存在を、あるいはリッジの「顔」をアピールすることを選んだ。
1980年代の後半、ポールはインタヴューに答えて、人々の期待に応えるために「スター」の仮面を意識的にかぶっていることを認めている。しかし同時に、「最近はその頻度が減ってきている」とも述べ、その原因として家庭を持ったことをあげた(ポールは40代になってから結婚し、一人娘をもうけている)。マーケティングのための旅行や会食も減り、取材にも以前ほどは応じなくなった。「一歩引くことを覚えたんだ。自分が本当は何者なのかということに、より意識的になってきたんだよ」
60代になった今も、ポールはマスクをかぶることがあるのだろうか。ジャーナリスト達は、未だに彼にラブ・コールを送り続けている。だが、リッジで働く彼を見ている限り、いわゆる二面性のようなものは少しも感じない。メディアの前でも、従業員の前でも、あるいは自宅でくつろいでいる時さえも、彼は一貫して「ポール・ドレーパー」にしか見えない。
精神分析学のとある権威はかつて、「最高の人生を送るには、仮面とその下の素顔の距離を最小にすること」という意味のことを述べた。67歳のポールは今、最高の時間を生きているのかもしれない。
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