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連載コラム Vol.75
ドレーパー来日セミナーから その3 ふたつのワイン製造業界
  Written by 立花 峰夫  
 
 世界中のワイナリーは、ふたつのカテゴリーに大別されるのだとドレーパーはいう。「本物のワイン」と日常消費用の「ビバレッジワイン」であり、これは食の世界のスロー・フードとファースト・フードに対応するものである。「本物のワイン」とは、伝統的な醸造法で造られ、自然な生成プロセスと土地の個性を表現したもの。「ビバレッジワイン」とは、安価ながらもそこそこに美味しいという状態を追求して造られるもので、工業的手法が用いられ、土地の個性の表現は見られない。

 造り手の関わり方にも、両者では違いがある。「本物のワイン」では、醸造家はプロセスを導く案内役として、ワインがひとりでにできあがるのを助けてやる。ちょうど「親や教師が、子供が非行に走らないように教え導いていくような感じ」である。一方、「ビバレッジワイン」では、醸造家は創造主=Winemakerとなり、自分の望むスタイルにワインを仕上げようとする。

 ドレーパー個人が、そしてリッジ・ヴィンヤーズが目指すのは、もちろん「本物のワイン」なのだが、「ビバレッジワイン」が間違ったワイン、不必要なワインだというわけではない。量でいうと、世界中で造られているワインの90%以上は「ビバレッジワイン」であり、多くの人々がさほど財布を痛めることなく、日常的にワインを楽しめるのはこうしたワインがあるからである。「本物のワイン」、すなわち一部の最高級ワインは、「ビバレッジワイン」なくしては成り立たないカテゴリーだとも、ドレーパーは言う。ふたつのワイン製造業界は、互いに依存しあう関係にあるのだ。

 さて、「本物のワイン」を造るには、表現するに足る土地の個性を、ブドウ畑が備えていなければならない。ワインに表現される土地の個性をフランス語で「テロワール」と呼ぶが、優れたテロワールを持つブドウ畑もまた、全体の10%程度だとドレーパーは語る。ただし、優れた土地の個性をワインの中で表現していく上では、単にブドウ畑の環境要因(気候、土壌など)が優れているだけでは不十分。収穫量を低く抑えたり、適切なブドウ品種を選んだりすることも必須なのである

 一方、上記の10%に入れない劣った条件のブドウ畑では、人々は「ビバレッジワイン」を造るしかない。「あれこれ手を加えて、少しでもいい味のワインにしてやるのが最良の選択だ。いろんなブドウ畑のワインをブレンドすることもそうした手段のひとつだし、酸やアルコールを足したり引いたり、あれこれ人為的な操作をすることもできるだろう。何もしなければ単なる駄目なワインでしかならないのだから、少しでも味を良くする努力をすべきなのだ」と、ここでも彼は明快である。

 自然派の大御所として知られるドレーパーだが、工業的なワイン造りを独善的に否定・断罪しているわけではない。むしろ、その有用性・重要性は積極的に認める立場である。ドレーパーはただ、ブドウ畑ごとに、そのポテンシャルに応じた相応しいワイン造りがあると主張しているだけなのだ。
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。