Archives
連載コラム Vol.74
ドレーパー来日セミナーから その2 伝統的醸造法の優位性
  Written by 立花 峰夫  
 
 ポール・ドレーパーの醸造家としてのキャリアは、リッジへの参画前、彼がチリの地で友人と小さなワイナリーを興したときに始まる。当時(1960年代)は、科学に基づく新しい醸造方法が幅をきかせて始めていた時代だったが、あえてドレーパーは昔ながらの伝統的な醸造法を選んだ。

「私はヨーロッパにいた当時、最高の古酒を多数飲む機会に恵まれた。19世紀のワインも多く飲んだし、1920年代、30年代、40年代、50年代のものももちろんあった。そうしたワインを飲むなかで気付いたのは、最高のワインはすべて、伝統的な技術でつくられているという事実だった」

 醸造家としての教育を受けてはいないドレーパーは、書物を通じてワイン造りを学んだ。その時にひも解いたのは、最新の科学的知見がちりばめられた同時代の醸造専門書ではなく、19世紀に書かれた古い本であったという。

 さて、この伝統的醸造法で造られたワインは、品質の面で優れているというだけではない。そこには、ワインという飲み物の起源にまで溯る、象徴的な意義があるのだとドレーパーは説明する。

「ワイン造りは、数千年前にメソポタミアで始まり、その後西洋文明の発達とともに世界中に広がった。昔からワインは、ブドウ以外に何も足す必要がない飲み物として造られてきている。果汁に含まれる糖と酸のバランスは完璧だし、果皮には赤ワインの色のもととなる色素が、種子には渋味のもととなるタンニンが含まれている。発酵を起こす酵母も、果皮についているのだ。ブドウを軽く潰すだけで、果汁はひとりでにワインに変わることができ、人間はそのプロセスを導いてやるだけでいい」

 加えてドレーパーは、ワインが人に与える変化についても指摘する。最も原始的なアルコール飲料であるワインを始めて口にしたとき、古代人たちは酩酊という形で自分自身が変わることにも気付き、驚いただろうと。かくして、ワインは自然な生成変化の象徴となり、神聖な飲み物だと考えられるようになった。その後、キリスト教をはじめとした宗教の象徴にもなり、儀式にも使われるようになったのは周知の通りである。ドレーパーは、現代においてワインを飲む人の中にも、この意識が生きているのだろうと言う。

「今の時代にあっても、人々はワインの中に自然とのつながりを見ているのではないかと思う。私たちが暮らすこの世界は、ガラスやコンクリートに囲まれており、どんどんと自然を感じることが少なくなっている。その中で、人々はワインを飲むことで季節を感じたり、大地との結びつきを感じたりしているのではないだろうか」

 この点にこそ、自然なプロセスを重視したり、伝統的な方法を用いたりすることの意義があるのだとドレーパーは強調している。
Archives
 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。