Archives
連載コラム Vol.64

リッジで働く人々3 デイヴィッド・ゲイツ

  Written by 立花 峰夫  
 
  デイヴィッド・ゲイツはリッジの葡萄栽培を統括する栽培責任者である。「ワインの品質の90%は葡萄の質で決まる」というクリシェが正しいとすると、ゲイツはこの上ない重責を担い、素晴らしい結果を出している人物ということになる。

  ゲイツのオフィスはモンテベロ・ワイナリーにあるが、彼が自分の部屋にいることは稀である。葡萄畑こそがゲイツの現場だからだ。モンテベロやリットンの自社畑の管理はもちろんのこと、ガイザーヴィル、パソ・ロブレスといった契約栽培の畑にも頻繁に足を運び、葡萄の状態をつぶさに観察するようにしている。

  ゲイツと話していると、温かみがあってバランスのよい人物という印象を常に受ける。葡萄畑に囲まれた家に暮らし、テンガロンハットとブーツがトレードマーク。10人弱の栽培チームを束ねており、部下の信頼は厚い。ナパ・ヴァレーにある葡萄畑管理会社で働いたあと、1987年にリッジにやってきた。来年にはリッジの葡萄畑の番人を始めて20年になる。

  ワインの自然なプロセスを尊重する、テロワールの表現を最大にするというリッジ創業以来のポリシーは、ゲイツの実践によっても守られている。リッジの葡萄栽培は厳密な有機栽培ではないが、環境や畑で働く人々に負荷をかけない方法(サステイナブル・ヴィティカルチャー)が常に意識されている。たとえば、土壌の成分バランスを整えるための石膏粉末。リッジでは建築用の廃材を再利用する。「有機栽培の認証を取るためには、天然の石膏から生成されたものを買って使わないといけない。でも自分は、廃材を再利用するほうが環境にはいいと思う。石膏の成分には違いがないからね」と、かつてその意図を語ってくれたことがあった。

  ゲイツと話すのは楽しい。声高に自己主張する人物ではないが、葡萄栽培やテロワールのことならなんでも知っている。あまりに一般的で意味のない質問をすると、きまって「 Site Specific サイト・スペシフィックに考えないといけないよ」といさめられる。サイト・スペシフィックという言葉には、「場所に応じて様々な条件(気候、土壌など)が異なるのだから、一般的原則は当てはめても意味がない」、「何事も、その場所の文脈を前提に考えなければならない」といった含みがある。「テロワールは実在するか?」といった一般的・観念的議論とは別の次元で、デイヴィッド・ゲイツは葡萄畑を考えている。彼は、畑に暮らすあらゆる農夫がそうであるように、唯物論的テロワール主義者なのだ。
Archives
 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。