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連載コラム Vol.62
リッジで働く人々1 エリック・バウアー
  Written by 立花 峰夫  
 
 モンテベロ・ワイナリーで、醸造全般の取り仕切りをしているのがエリック・バウアーである。まだ36歳の若さだが、リッジに現在4名いる副社長の一人であり、もうひとつの肩書きはプロダクション・マネージャー。現場の日々の運営はほとんどエリックの裁量でなされており、実質的なワインメーカー(醸造責任者)といってもいい。ただし、重要な決断については必ずポール・ドレーパーに指示を仰ぎ、議論しながら決めている。

 サンタ・クルーズというモンテベロから車で一時間ほどの海辺の町に住み、トヨタのピックアップ・トラックを駆って毎日猛スピードで通勤している。出身大学も、カリフォルニア大学サンタ・クルーズ校。大学では、醸造学ではなく化学と微生物学を収め、卒業後リッジにやってきた。最初の収穫シーズンは1994年である。

 エリックは当初、ワインの分析を行うラボの責任者として雇われた。だが、醸造に関する優れたセンスと仕事全般に発揮していた高い能力が認められ、入社一年後の1995年に、アシスタント・ワインメーカーに抜擢される。以降もすぐれた働きぶりを一貫して示し、現在ではポール・ドレーパーの有望なる後継者の一人となっている。

 この男、本当に優秀である。とにかく頭脳明晰で、ワイン造りに関する知識はずば抜けて深く広い。完璧主義者であり、なまじ自分がなんでもできてしまうものだから、セラーの掃除、ポンプ・オーバー、ガスクロ/液クロを使ってのワインの分析、ワイナリー運営関連のさまざまな雑用までを恐るべきスピードでこなす。試飲能力も高く、彼の長く詳細な分析的コメントはいつも傾聴に値する。ワイン造りに関する議論となると、舌鋒鋭く攻撃的にもなるが、周囲の人間に対する優しい気配りも持ち合わせている。そしてとにかくよく働くのだ。モンテベロ・ワイナリーで、一番早く来て一番遅く帰るのはたいていエリックである。

 ワイナリーにいると、エリックがポールとともにグラスを持ち、タンクルームを歩きながら試飲している光景をよくみかける。ふたりの議論はいつもハイレベルで、そばで聞いているとえらく勉強になる。老仙人が、高弟に奥義をさずける光景さながらである。師弟の年齢差は30歳以上あるが、ふたりはじつに仲がよいのだ。
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。