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連載コラム Vol.55
カリフォルニアの古酒
  Written by 立花 峰夫  
 
 ワインの世界に新しい何かが登場すると、いつも判を押したように同じ反動的批判が加えられる。「XXXのワインは、確かに若いうちは美味い。だが、熟成しない」というものである。実に様々な言葉が、XXXにはあてはまる。ミシェル・ロラン、バローロ・ボーイズ、ボルドー1982、パーカーが誉めるワイン、低温マセレーション、マイクロ・オックス……。この批判のうまくしたところは、ある一定の時間が経過するまでは抗弁が不可能という点である。だが、10年、20年と経過するうちに、大抵の場合攻撃は的外れだったとわかる。若いうちに美味なワインは、熟成しても美味なままのほうが圧倒的に多い。

 「カリフォルニアワインは熟成しない」という批判も、同じ運命をたどった。先だってのパリ対決30周年記念テイスティングは、「定説」が的外れだったことを、最高の形で世界に示してくれた。そもそも、カリフォルニアワインが熟成しないと言われ出したのは、30年前のパリ対決で、カリフォルニアが勝利したその瞬間からだったのだ。もちろん、すべてのカリフォルニアワインが美しく熟成するわけではないが、それはボルドーであれブルゴーニュであれ同じことである。先日のテイスティングで出された古酒が、カリフォルニアにおける例外的なエリートだったわけでもない。筆者の乏しい経験の中でも、なんでもないワイナリーのなんでもないカリフォルニアワインが、フランスワイン同様の素晴らしい熟成をしていたことが何度もある。

 なにはともあれ、カリフォルニアワインが熟成することは、新しい定説になりつつある。だが、まだめでたしめでたしではない。別の問題がある。熟成したカリフォルニアの古酒など、ほとんど手に入らないのだ。先日のテイスティングに出されたワインのうち、ボルドーのものはすべて誰でも入手できる。だが、カリフォルニアの古酒は絶望的に入手困難である。市場はおろかワイナリーにすらない。もしかすると、すでにこの世にないのかもしれぬ。一位になったモンテベロの1971にしたところで、ワイナリーのストックはわずかに2、3本のみ。テイスティングに出されたのはポール・ドレーパーが個人所有していたものだった。オークションに出品されるカリフォルニアの古酒も、フランスワインに比べれば話にならないほど少ない。

 今後、状況は変わるのだろうか。熟成するということがわかれば、コレクターたちも価格上昇を見込んでワインを寝かせるようになり、オークションなどの二次販売市場が成立するかもしれぬ。これは楽観論。たが、アメリカ人は一般的に古酒よりも若いワインの味を好む。カリフォルニアワインの最大の消費者がアメリカ人であるかぎり、早飲みの傾向は今後も変わらないとするのが悲観論。

 個人的には、熟成したカリフォルニアワインがもっと市場に出回るようになってほしい。ピークに達した古酒が放つ円熟の風味は、やはりワインから得られる悦楽の最高峰だと思う。ポテンシャルがあるのなら、それを開花させないのは罪ではなかろうか。

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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。