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連載コラム Vol.48
カベルネ・ブレンドのマセレーション
  Written by 立花 峰夫  
 
 以前、ジンファンデルのサブマージド・キャップ・マセレーションについて書いたが、今回はカベルネ・ブレンドのマセレーションの話。
 強靭なタンニンとあふれるフレーバーで知られるリッジのカベルネ・ブレンド(モンテベロおよびサンタクルーズ・マウンテン)は、意外なことに強い抽出によって造られているワインではない。キャップ・マネージメントはポンピング・オーヴァー(ルモンタージュ)のみで、ジンファンデルのようにサブマージド・キャップを併用して抽出量を増やそうとはしない。ポンピング・オーヴァー自体も非常に穏やかなもので、低速のポンプを使い、ワインを果帽に優しく振りかけるような方法をとっている。パンチング・ダウン(ピジャージュ)にしたほうが、遥かに作業時間が少なくて済むような容量のタンク(1〜2トン)でも、いちいちポンプをセットしてポンピング・オーヴァーを行なう(パンチング・ダウンは、果帽に強い力をかけて液中に押し沈めるため、一般にポンピング・オーヴァーより抽出量が多くなる)。
 マセレーション期間も抽出量に影響するが、こちらも決して長くない。自然発酵が開始するまでの期間(半日〜2日程度)も含め、通常8〜11日。1カ月程度はマセレーションをするボルドーのカベルネと比べると、随分と短い。これは、ボルドーでは一般的なエクステンデット・マセレーション(発酵後浸漬)を一切行なわず、葡萄の糖分がすべてアルコールに変わった時点で(あるいはその前に)プレスするためである。また、破砕に関しても、全体の4割程度はまったく粒を潰さないまま発酵タンクに投入しており、こちらも抽出を抑えるのが目的である
 赤ワイン造りは果皮に含まれる成分がその命。なぜ、その抽出をわざわざ抑えるのか? 答えは単純、葡萄に含まれるフレーバーが強烈で、引き出しすぎると味わいのバランスが崩れるからである。数年前に、ヨーロッパからやってきた研修生二人が、小さなタンクで「ボルドー流の仕込み」、すなわちエクステンデット・マセレーションの実験を行なったことがある。二人は自信満々だったらしいが、出来上がったのは、タンニンの化け物のような不細工なワインでしかなかった。
 それではなぜ、葡萄のフレーバーが強烈なのか? 「最大の理由は低収量にある」と、ポール・ドレーパーは語っている。モンテベロの畑における収量は、エーカーあたり2トン以下(35hl/ha以下)。ボルドー左岸の格付けシャトーと比べても、これは随分と少ない量である。収量と品質の関係は一般化が難しいテーマだが、少なくともリッジにおいては、低収量こそが高品質の葡萄を得るためのキーだと考えられている。マセレーションなどワイン造りの諸技術は、この葡萄の性質に従属しているのである。
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生として醸造を経験。