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連載コラム Vol.35
葡萄の味見
  Written by 立花 峰夫  
 
 2005年の収穫が始まっている。詳しいレポートは次回以降にお届けするとして、今回は葡萄の味見について少し書く。
 収穫期における最も重要な判断に、「いつ摘むか?」がある。収穫時期の決定は、摘み手の手配状況、発酵タンクの空き具合なども考慮に入れた複雑な判断なのだが、なんといっても一番重視されるのは、葡萄そのものの熟度である。葡萄の熟度を評価するにあたっては、化学分析で糖度・酸度などを数値として捉えるのに加え、官能評価、すなわち味見も重視されている。収穫時期のリッジのワイナリーには、連日様々な畑で採取されたサンプルの果粒が運びこまれ、幹部スタッフによる味見が繰り返されている。
 ここ10年の間に世界中のワイン産地で、葡萄の熟度を判断する上での重点が、分析数値から味見へと変わってきた。重要なのは、糖度や酸度の数字よりも、フレーバーの成熟度合いであり、それは経験を積んだエキスパートが味見をすることでしか測れないという考え方だ。
 ただし、糖度が23度以上もあるような葡萄は、強い甘みが他のフレーバーをマスクしてしまうこともあって、味見による評価は簡単ではない。また、味見を最重要視する昨今の傾向に、異議を唱える科学者もいる。ワイン中に現れるフレーバーの多くは、葡萄の段階では香りを持たない前駆体として存在しているため、味見をしたところでそうしたフレーバーの量は分からない――分かるのは、ピラジンなどの青臭い風味が残っているかどうかぐらいだと言うのである。これは確かに一理ある。
 とはいえ、葡萄の味見によって得られる情報は、フレーバーの成熟度合いだけではない。モンテベロ・ワイナリーの醸造を統括するエリック・バウアーは、今年から遠方の畑についても、畑に足を運んで自ら味見をするようにし始めた。そうすることで、ワイナリーに運ばれてきたサンプルの粒を味見しているよりも、格段に豊かな情報が手に入るのだという。
 葡萄の成熟は、光合成によって進む。仮に、味見した葡萄が今一歩だったとしても、紅葉や落葉などにより、葡萄樹がすでに光合成を止めてしまっているようであれば、それ以上待ってもさらなる成熟は望めない(干し葡萄化による濃縮はあるが)。よって、その時点で見切りを付けて摘んでしまうという判断もあり得るのだ。
 エリックの新しい試みが、今年のヴィンテージにおいて実を結ぶことを期待したい。
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生として醸造を経験。