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連載コラム Vol.22
株式上場と高級ワイン造り
  Written by 立花 峰夫  
 
 昨年、アメリカのワイン業界が揺れた一大事件といえば、やはりロバート・ モンダヴィ社の売却騒動である。生けるナパ・ヴァレーの伝説、ロバート・モ ンダヴィ翁が一代で築き上げたワイナリーは、思えば1993年の株式上場がそ の栄華のピークであった。その後も、立て続けの海外進出など派手な話題には 事欠かなかったものの、経営面ではどんどんと厳しい状況に陥っていき、つい には売却を余儀なくされた。買収したのは、世界最大のワイン・コングロマリ ットであるコンステレーション・グループである。売却に伴い、モンダヴィ一 族はその名をワイナリー名に残すのみとなった。
 何が悪かったのか。モンダヴィの造っていたワインが決して低品質だったわ けではない。多くの業界関係者や経済アナリストが指摘するのは、アメリカの 上場企業のシステムが、長期的な経営ビジョンが必須となる高級ワイン生産に はそぐわないということだ。株主を常に満足させるだけのパフォーマンスを維 持するのは、本質的に「農業」でしかない品質志向のワイン造りでは簡単なこ とではない。アメリカの上場企業は、90日毎に株主への報告が義務づけられて いるが、ワイン造りにおける最短のサイクルは1年間。新しく畑を開き、葡萄 を植え、そこからできたワインを売上げに変えるまでには最低5年はかかる。 90日後の「目に見える経営改善」を株主が望んだとしても、実際にできること はほとんどないのだ。
 リッジの総帥、ポール・ドレーパーも高級ワイナリーの株式上場には否定的 な見解を持っている。いくつものワイナリーの上場を手がけてきた仕掛人がポ ールの友人にはいるのだが、その本人から次のようなアドバイスを受けたこと があるという。「上場したワイナリーは、ガラスケースの中を泳ぐ魚のような もの。常に株主からの監視にさらされ、判断が随分と制限される。世界最高の ワインを造りたいならやめたほうがよい」。
 リッジは、ワイン造りに関してかなり贅沢にお金を使う。環境に配慮した新 しいスタイルのワイナリーの建設、醸造機器の不断のリニューアルなど投資は どんどん行うが、目に見える売上げ増や短期間での回収が望めるものではない。 厳しい収量制限や、ブレンド時点での容赦ない格下げも、短期的な利益を最大 化するという目的からすれば認められるものではないだろう。
 品質を常に最優先事項とし、妥協のない意思決定を重ねていくためには、上 場以外の方法で資金調達を行うのがより安全で安心なのだと思う。
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生として醸造を経験。