昨年、アメリカのワイン業界が揺れた一大事件といえば、やはりロバート・
モンダヴィ社の売却騒動である。生けるナパ・ヴァレーの伝説、ロバート・モ
ンダヴィ翁が一代で築き上げたワイナリーは、思えば1993年の株式上場がそ
の栄華のピークであった。その後も、立て続けの海外進出など派手な話題には
事欠かなかったものの、経営面ではどんどんと厳しい状況に陥っていき、つい
には売却を余儀なくされた。買収したのは、世界最大のワイン・コングロマリ
ットであるコンステレーション・グループである。売却に伴い、モンダヴィ一
族はその名をワイナリー名に残すのみとなった。
何が悪かったのか。モンダヴィの造っていたワインが決して低品質だったわ
けではない。多くの業界関係者や経済アナリストが指摘するのは、アメリカの
上場企業のシステムが、長期的な経営ビジョンが必須となる高級ワイン生産に
はそぐわないということだ。株主を常に満足させるだけのパフォーマンスを維
持するのは、本質的に「農業」でしかない品質志向のワイン造りでは簡単なこ
とではない。アメリカの上場企業は、90日毎に株主への報告が義務づけられて
いるが、ワイン造りにおける最短のサイクルは1年間。新しく畑を開き、葡萄
を植え、そこからできたワインを売上げに変えるまでには最低5年はかかる。
90日後の「目に見える経営改善」を株主が望んだとしても、実際にできること
はほとんどないのだ。
リッジの総帥、ポール・ドレーパーも高級ワイナリーの株式上場には否定的
な見解を持っている。いくつものワイナリーの上場を手がけてきた仕掛人がポ
ールの友人にはいるのだが、その本人から次のようなアドバイスを受けたこと
があるという。「上場したワイナリーは、ガラスケースの中を泳ぐ魚のような
もの。常に株主からの監視にさらされ、判断が随分と制限される。世界最高の
ワインを造りたいならやめたほうがよい」。
リッジは、ワイン造りに関してかなり贅沢にお金を使う。環境に配慮した新
しいスタイルのワイナリーの建設、醸造機器の不断のリニューアルなど投資は
どんどん行うが、目に見える売上げ増や短期間での回収が望めるものではない。
厳しい収量制限や、ブレンド時点での容赦ない格下げも、短期的な利益を最大
化するという目的からすれば認められるものではないだろう。
品質を常に最優先事項とし、妥協のない意思決定を重ねていくためには、上
場以外の方法で資金調達を行うのがより安全で安心なのだと思う。
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