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連載コラム Vol.215

ワインの中には何があるか? その2

  Written by ポール・ドレーパー  
 


(前回からの続き)
  1933年に禁酒法が廃止されたあと、カリフォルニア大学デイヴィス校はワインの化学への感心を高め、化学薬品添加や機械的処理が安ワインの品質をどれだけ高めるかについて研究するようになった。カリフォルニアでは、19世紀ヨーロッパの醸造技術が受け継がれていたのだが、どんどん影響力を増す科学技術によって取って変わられてしまう。1940年後半になると、伝統的なワイン造りはカリフォルニアでは稀なものになっていた。ヨーロッパも同様であり、伝統的アプローチにこだわっているのは高級ワイン生産者のみという有様だった。技術革新のリストはどんどんと長くなっていき、今日、世界全体で50種以上の添加物が認められている。二つほど代表的なものを挙げておこう。ひとつめはメガ・パープル、質の劣る黒ブドウ果汁を2000分の1に濃縮した液体である。ワインの口当たりを良く、ボディを強く、色を濃くする効果を持つ。もうひとつが、恐ろしい腐敗酵母(ブレット)を除去するためのヴェルコリンという化学薬品で、ワイン中の微生物をすべて殺す。アルコール度数を上げ下げしたり、酢、ブレット、コルク臭、山火事による煙臭を除去したり、果ては辛口にしたいワインから糖分を取り除いたりするための加工機械も開発されている。こうした機械はいずれも、大変に高い圧力をワインにかけて膜を通すという方法が用いられている。ワイン中の成分不足や過剰の是正は、負担のかからない優しい方法から、激しい機械的加工や添加物にすっかり取って変わられてしまった。
  今や広く用いられるようになったこうした技術が、高級ワインを造る上で必要ないことを鑑みて、リッジではワインラベルに内容物を表示する道を選んだ。持続可能な方法で栽培されたブドウ、そのブドウに付着した天然酵母、そして天然乳酸菌以外にも、ワインに加えられたあらゆるものをラベルに書き出している。たとえ、出来上がったワインにその物質がまったく残存していなくても、表示は行われる(タンニンを和らげるために用いられる卵白がそれにあたる)。使えるラベル上のスペースが限られているので、いくつかの内容物名を表示することはできるものの、その量までは記していない。量などの詳細は銘柄別背景情報シートに書かれていて、公式ウェブサイトからダウンロード可能なほか、ワイナリーで印刷したものも配布している。
  内容物表示は自主的な行為に留まるべきだし、義務化するような規制に対しては反対の立場に立つというのが我々の考えだ。小規模生産者にとっては、自社のワインそれぞれについて全成分を正確に表示するのは大変な手間である(成分はヴィンテージごとに異なるから)。大規模生産者でも大変なのは変わらず、というのも同じワインを複数回瓶詰めした際に、それぞれが異なってくるからだ。内容物表示がもし義務化されたら、現在消費者のための背景情報が書かれているスペースに、添加物の一覧が記されることになる。とはいえ、激しい加工処理についてそこで触れられることはないだろう。注意したいのは、数多くの添加物はすべて、口に入れても安全なものとして認可されており、工業的な加工処理機械も法で認められているという点だ。ワイン生産者がそうした手段を用いたとしても、消費者が危険にさらされることはない。
  リッジにおけるワイン造りを我々は「前・工業的」と称している。他の高級ワイン生産者たちも、自発的に内容物リストを公開してくれるようになればと思う。
2013年2月
ポール・ドレーパー
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 ポール・ドレーパー
 リッジ・ヴィンヤーズ 最高醸造責任者 兼 CEO