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連載コラム Vol.214

ワインの中には何があるか? その1

  Written by ポール・ドレーパー  
 
  初めてワインが造られたのは――いや、ひとりでに出来たと言ったほうが良いかも知れぬが、およそ8000年前のことであった。場所はカスピ海と黒海に挟まれた地域、現在のトルコ東部、イラン北部、グルジア、アルメニアのあたりである。大昔の採集狩猟民たちは、野生ブドウを摘んでいたと考えられる。時折、摘んだブドウをそのまま食べる代わりに、果汁を得ようとして潰し、そのまま1、2週間忘れてしまったこともあっただろう。樹になるブドウの果皮が風や鳥のせいで破れると、蜂がその糖分に吸い寄せられ、酵母を運んでくる。この酵母が、果汁を発酵させたのである。味わってみると、魔法の力か神の手が働いたかのように、果汁とはまったく別物になっている。単に甘かっただけの果汁が、感覚に驚きと悦びをもたらすものに変化したのだ。キリスト教における聖体拝領の儀式では、この自然なる生成変化がひとつの象徴となり、ワインがキリストの血と考えられるようになった。

  20世紀に至るまで、天然酵母が甘い果汁を発酵させるという方法によって、ワインは造られ続けた。ワインの歴史が始まった頃は、仕込んでから2、3ヶ月のうちに飲んでしまわないと、ワインは酢になってしまっていた。大きなアンフォラ(素焼きの壷)に入れて密封するようになると、ワインは以前より長持ちするようになる。それでも、だんだん酸っぱくなってくると、スパイス、ハーブ、蜂蜜、時にはぞっとしないようなものまで加えて、その味を調えていた。早い時期から用いられていた、添加物のひとつに水がある。今日と同じく、過熟ブドウから出来たワインのアルコールを和らげていたのだ。ほかにも、安全かどうかが怪しい水を、酢のようなワインに加えることでどうにか飲めるようにする、という目的もあった。保存料として、最も歴史の古いものが樹脂である。ギリシャ人は現代においても、レツィーナという伝統的なワインに松脂を加えている。19世紀には、パストゥールほかの研究者たちが、酢酸菌繁殖と二酸化硫黄によるその抑制について、科学的究明を進めた。今では、ワインを若いうちに飲んでしまう必要はなく、熟成させることが出来るようになっている。高級ワインは、天然コルクの栓で封をされたガラス瓶の中で、味が良くなっていくのだ。気候が冷涼な産地では、発酵中の果汁に糖分を添加することが、選択肢のひとつとなった。熟度の低いブドウから造る辛口ワインの、口あたりを豊潤にすることが出来るのである。高級ワインほど、自然な味わいを壊すことがないよう、補糖は控えめになされた。採掘された石灰や貝殻から得られた天然の炭酸カルシウムも、伝統的な添加物となった。生育期間の気温が十分上がらず、ブドウに含まれる酸が高いまま残った年に、酸を沈殿するために用いられたのだ。温暖な地域ではブドウの酸が失われやすいため、未熟ブドウから取られた天然の酒石酸が添加された。19世紀から現代に至るまで、これらは日常消費用ワインだけでなく高級ワインにおいても、一般的な添加物なのである。 (次回に続く)

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 ポール・ドレーパー
 リッジ・ヴィンヤーズ 最高醸造責任者 兼 CEO