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連載コラム Vol.20
リッジのワイン造り、その核心
  プレスその1 タンクが動く
  Written by 立花 峰夫  
 
  赤ワインのアルコール発酵あるいはマセレーションが終わると、プレスの作業が行われる。まず発酵タンク下部のバルブを開いてワインを引き抜き(フリーランワイン)、それが終わるとタンクの下部に残った果皮や種子などの固形物をプレス機へと運んで圧搾、さらにワインを得るのである(プレスワイン)。この当たり前のプレス作業の中にも、リッジならではの創意工夫とこだわりが込められている。
 まず、果皮・種子の移動にあたってポンプを一切使わないこと。「アルコール発酵を経たあとの葡萄の種子は、かなり柔らかい状態になっており、ちょっとした圧力で簡単に収斂性の強い渋みをワインに放出してしまう。もしポンプを使って果皮・種子を移動したなら、その後のプレスをどんなに優しくしたところで意味がない。すでに荒々しい風味が引き出されてしまっているからだ」。こうポール・ドレーパーは説明している。
 ではどうやって動かすか。方法その一は人力での移動。タンク下部からシャベルで掻きだされた果皮・種子を荷車に入れ、人がプレス機の場所まで運んでいくのである。リッジでは大手ワイナリーのような大型タンクを使っていないので、荷車での移動自体はさほどの手間でない。ただし、果皮・種子の掻きだし作業のほうは相当な重労働。掻きだしは、ポンプを使用する・しないに関わらずどこのワイナリーでも行われているが、これはワイン造りのあらゆる作業中でもっとも過酷なものである。二酸化炭素が充満するタンク内には、窒息死の危険すら潜む。
 そこでリッジでは、数年前に第二の方法が考案された。すなわち発酵タンクを可動式にして、中身とともに容器ごとプレス機のところまで移動させるというものだ(人力のフォークリフトで運ぶ)。運ばれたタンクは下部をクレーンでつり上げてひっくり返し、中に入った果皮・種子を重力でプレス機の中へと落とす(コップを傾けて、中の液体を捨てるような感じ)。聞くとなんでもないようだが、これは思いつきそうで思いつかない方法なのだ(リッジ以外のワイナリーで同じことをしているところは、私の知る限りない)。迅速、安全、そして葡萄にも優しいこの新方式は、現在モンテベロ・ワイナリーのほとんどのタンクで用いられるようになった。セラーで働くスタッフは、おかげで収穫期の負荷が随分と軽減されている。
 さて次回は、プレス作業本番における創意工夫についてお知らせする。
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生として醸造を経験。