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連載コラム Vol.199

2012年ハーヴェストレポート 3

  Written by 立花 峰夫  
 
 2012年のハーヴェストもまさに今クライマックスを迎えている。現場から、大塚食品の醸造家 黒川信治氏のレポートの第三弾をお届けする。

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 9月25日に、海からの風が内陸の温かい乾いた風に変わった事をきっかっけにして、ワイナリーは一気に騒然となった。その原因のひとつが、10月1日から2日にかけて、広い範囲で100度F(38℃)前後まで気温が上がったことである。Western Weatherによれば、“10月初めのうだるように暑い日”というタイトルで、次のように述べている。

 “10月初めの気温が極端に上がったが、一時的なもので、この先2-3日後は著しく寒くなるであろう。週の初めに沖合に居座った記録的な高気圧のため、UkiahからSanta Mariaにかけての西海岸の広い地域で最高気温は35℃〜42℃、そのほとんどが3桁(=100度F(38℃))を示していた。この10月1日から2日にかけての気温は、多くの地域で、2012年の最高気温を記録することとなった。“

 このWestern Weatherによれば、ガイザーヴィルで40.5℃、モンテベロに近いサンノゼで35℃、あのヘミングウェイに「一番寒い冬はサンフランシスコの夏だった」と言わしめた夏でも気温が上がらないサンフランシスコでさえ34℃を記録している。ワイナリーでは37℃を超えていた。また、このUkiahというのはLytton Springsワイナリーの北、Santa MariaはPaso Roblesの南に、それぞれ60km外側に位置している。つまり、RIDGEの畑はすっぽり、この高気圧に覆われたことになる。ちなみに、UkiahからSanta Mariaは南北600kmに渡る広域である。

 この高気圧がもたらした高温によって、完熟まであと一息というところで足踏みをしていた葡萄が、一斉に成熟し始め、9月24日から10月13日まで、20日間連続でブドウを収穫することとなった。その収穫された葡萄の総量は500トンに至った。モンテベロ・ワイナリーにおける葡萄の年間処理量は、平均700トン強で、通常、これを約2カ月に分散して収穫する。500トンという量は、この3分の2にあたり、収穫量が少なかった2010年と2011年のほぼ同等の数量であることからも、いかにまとまって収穫が行われたことかが、わかっていただけるのではないかと思う。(2010年:540t、2011年:580t)

 この暑さは予報通り長続きせず、10月3日に海からの冷たい風に戻り、一気に気温が下がった。暑かった10月2日がワイナリーの外にある葡萄をクラッシュする場所で37℃であったのが、10月6日には10℃近くまで気温が下がり、10月第一週は、夏と冬が混在したおかしな一週間であった。10月9日には霧雨が降るなど、そこからしばらく寒い日が続いたこともあって、110月14日の日曜日は21日ぶりに収穫をやめた。この9日の雨は短時間であがり、降水量も2mm程度と良いいお湿りであって、まったくったく影響のない雨であった為、10月15日には再び収穫を開始した。

 ここへきて目まぐるしく気温が変わっている。先週10℃近くまで下がっていたのにも関わらず、今週は再び暑さが戻り30〜35℃近くまで気温が上がる予報が出ている。フリース+パーカーでクラッシュをしていたと思えば、また半袖のTシャツに逆戻りである。温かさが戻ったモンテベロでは、昨日、ジムソメアの最後のメルローが収穫され、本日のミドル・ヴィンヤードのカベルネとプティ・ヴェルドーの収穫をもって全てのモンテベロが終わった。後はソノマの葡萄を残すことになる。

 通常、8月末から9月初めにジンファンデルの収穫が始まり、シャルドネ、メルローと続き、9月末から10月の初旬にそれらが終わり、10月に入ってカベルネが始まるというパターンが理想的である。ところが今年は、この順番が滅茶苦茶で、シャルドネとジンファンデルとカベルネを同じ日に収穫ということが、何日か発生した。ポール・ドレーパーも畑の責任者のデヴィッド・ゲイツも口をそろえて「こんなことはかつてない、初めての出来事」と言っている。同じように「過去に無い出来事」が、もうひとつ起こった。それは、カベルネを中心としたモンテベロの全ての畑が、ガイザーヴィルやリットンスプリングスのジンファンデルより先に収穫を終えるという事態である。

 今回、シャルドネ、ジンファンデルとカベルネが同時期に収穫をしなければならなかった事とこのカベルネがジンファンデルより早く収穫を終えるという2つの出来事は同じ理由から来ている。2012年の葡萄の生育期を振り返りながら、その理由を紐解いてみることにする。

 2012年は、春先の気温が温かかったせいで全ての葡萄の生育は順調にスタートした。中でもジンファンデルをはじめとするソノマの葡萄品種は、開花期である5月が温暖で開花・結実ともに好条件に恵まれた。モンテベロにおいても、メルローやシャルドネが、同様に良い開花期を迎えている。それに比べ、一歩遅れて生育するカベルネの開花時期に、強い風が吹きカベルネは他の品種に比べ、結実がやや劣っている。この結果、カベルネだけが、収穫高が例年より少なめとなった。反収を減らせば、成熟が早く進みやすい傾向にあり、カベルネは、シャルドネに比べて、身軽ゆえ果実への栄養分の配給が潤沢となって、シャルドネより成熟速度が早くなった。一方、ソノマでは夏の気温が上がらず、夏に入って成熟はスローダウンした。9月に入っても朝晩の冷え込みが厳しく、成熟が加速することはなかった。

 この「カベルネの反収減」「シャルドネの収量多」「ソノマの冷夏」がそれぞれに影響を与え、同時収穫と言う事態を引き起こした。さらに、10月1日2日の高温の影響は、夜間の冷え込みが少なかったモンテベロの畑の方が顕著であり、RIDGE始まって以来のカベルネがジンファンデルより先に終わるという事態を迎えた次第である。

 この状況にはメリットは多いがデメリットはあまりない。強いて言えば、数品種の葡萄が続けて来ることで、毎日30前後のタンクの試飲を含めた管理に加えて、「タンクのやりくり」「黒葡萄のクラッシュ」「シャルドネのプレス」、更には「発酵を終えた赤ワインのプレス」という幾つかの作業が同時に発生してセラーで働く者が大変なだけで、他はメリットの方が多かった。そのメリットの最たるものが、ゆっくり葡萄が成熟することによる、「色づき」や「香りの深さ」、収穫高が少ないお陰で得られる「力強さ」などであった。さらに、今年の葡萄は、品質が高くかつ病気の無い健全なきれいな房が多く収穫できたことである。

 セラーで試飲をしていて感じることは、この気候の恩恵を受けて、タンニンの抽出が非常に早いというもので、今年一番の特徴である。タンニンの抽出が早いと、すぐプレス出来てタンクのやりくりが容易になるのが通常であるが、今年はなぜか、発酵がすこぶる遅い。そのため、タンニンの抽出と発酵の管理に神経を使う。タンニンが早めに抽出されてくるので、甘さに隠れたタンニンを見極めるのに神経を費やした。兎に角、今年のワインはタンニンがしっかりしている。特にカベルネやシラーといった本来筋肉質のワインの骨格が、より力強く感じられる。プレスされたワインなど、飲み頃がいつになるやらという感じがするくらいである。

 毎年、ハーヴェストの度に新しい課題が出てくる。面白いものである。昨年の天候の不順というのは、人智の及ばない面が多く精神的なストレスが多かった。それに比べ、今年は肉体的な大変さはあるが、精神面では期待感が持てる有り難いヴィンテージである。そういった良い意味での醸造家泣かせの2012年も、なんとか山場を越えた感があり、この後の天候も予報によれば申し分なく、先が見えるところまで辿り着けた。2012年は数年ぶりに安心してフィナーレを迎えられるヴィンテージになりそうである。


2012年10月16日 黒川信治


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