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連載コラム Vol.192

ボルドーワインのアルコール度数上昇

  Written by 立花 峰夫  
 
 先日、冗談のような出来事に遭遇した。東京都内の某酒販店に、リットン・スプリングス 2008のサンプルを持参したときのことだ。私が店を訪問したちょうどそのとき、ボルドーはサンテミリオン地区で少量生産のガレージワインを造る生産者が、日本の輸入代理店に付き添われ、たまたま同じ店に来ていた。その生産者も、やはり自分のワインをサンプルとして持ってきていた。酒販店のバイヤーが、「じゃあみんなでこの二種類のワインを試飲しましょう」と提案してくれたので、私たちはボルドー産のメルロと、カリフォルニア産のジンファンデルという妙な組み合わせの試飲をすることになった。

 ボルドーの生産者が持ってきた、2011年のワイン(樽抜きサンプル)は美味しかった。非常にリッチで凝縮感があり、大きなスケールの素晴らしいワインだった。とはいえリットン・スプリングスも負けてはいない。ところが、ボルドーの生産者はリットンを試飲しようとしない。「カリフォルニアワインはアルコールが高すぎるから、私の口に合わないのだ」と。まことにフランス人的な態度だとは思ったものの、嫌いだと言うものを無理に薦めることはない。ただ、私にはひとつ疑問があった。果たして本当に、ボルドーのメルロはカリフォルニアよりもアルコールが低いのか。

 リットン・スプリングスの2008年は、14.4%。これはラボで計測した正確なアルコール度数だ。ボルドーのメルロはといえば……なんと15.2%とラベルに書かれていた。可笑しかった。意地悪な私は、生産者に対して小声で「あなたのワインのほうが、アルコールが高いよ」と指摘した。「……それでもボルドーのワインには酸がある。カリフォルニアのワインとは違う」という言葉が返ってきたが、私は総酸度についても摘定して測ってみたいと思った。個人的な官能評価でしかないが、リットンのほうが若干、酸の強さでも勝っているように感じたのだ。リットン自体は、リッジが造るジンファンデルの中では酸の強いほうではないのだが。

 アルコールが高いから、酸が低いから、ワインとして質が低いのだと言いたいのではない。ただ、フランス人が好んで言う、「カリフォルニアワインは、アルコールが高いからダメだ、酸が低いからダメだ」というクリシェは、地球温暖化の中で完全に無意味なものとなっている。2009年ヴィンテージ以降、ボルドーの高級シャトーのメルロは、潜在アルコール度数が15%を超えるのが当たり前になったと聞く。かつては、ボルドーで果汁の凝縮度を増すために使われた逆浸透膜の技術が、カリフォルニアと同じように、アルコール度数低減のために使われるようになるのも時間の問題だろう。

 モンテベロ赤の、過去10年の平均アルコール度数は13.1%だと先日聞いた。アルコールだけを取ってみれば、「ボルドーよりもボルドーらしいワイン」ということになるだろうか。アメリカにフランスの自然派ワインを多数紹介したパイオニア、カリフォルニア州バークレーのワイン商カーミット・リンチは、「ボルドーがボルドーらしかった最後のヴィンテージは、1981年だ」と記している。それから30年が経過し、もはやこうしたノスタルジーを語っても詮ないところに私たちは立っている。いずれにせよ、「ワインのボーダレス化」は、これからも一層進んでいくのだろう。

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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。