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連載コラム Vol.19
リッジのワイン造り、その核心
  サブマージド・キャップ・マセレーション 後編
  Written by 立花 峰夫  
 
 マセレーション方法の選択と洗練は、醸造家にとって永遠のテーマであり、その巧拙が赤ワインの出来を決めるといっても過言ではない。パンチング・ダウンかポンピング・オーヴァーか、といった大元のやり方を決めることは実はほんの入り口に過ぎず、頻度、一回あたりの時間、細かい実施方法など、ほとんど無限のバリエーションの中で、醸造家はそれぞれのブドウに最適な方法を日夜探しているのである。ポール・ドレーパーもその例外ではなく、ワイン造りの経験が40年を超えた今日でもなお、マセレーションに関しては毎年何らかの見直しを行なっている。
 リッジにおけるサブマージド・キャップ・マセレーションの歴史は、その創設前後の1960年代前半にまで遡る。その頃は、モンテ・ベロのカベルネのカベルネを含むすべてのワインでこの方法が用いられていたのだが、それは熟慮の末の選択というよりも、単に必要にせまられてのことだった。当時のリッジは、スタンフォード大学研究所の科学者たちによる「兼業ワイナリー」として営まれており、収穫時期であっても週末にしかワイナリーに足を運べない彼らにとっては、パンチング・ダウンやポンピング・オーヴァーといった方法は不可能だったのだ(この二つは原則毎日行なう必要がある)。
 ワインの名声が高まるにつれ、リッジには専任のスタッフが一人二人と増えてゆき(ポール・ドレーパーは1969年に参画)、マセレーション方法もポンピング・オーヴァーが主体になっていった(現在、ボルドー品種ではサブマージド・キャップは使われていない)。だが一部のジンファンデルについては、サブマージド・キャップとポンピング・オーヴァーを組み合わせた時に、最も質のよいタンニンや果実味が抽出されることが分かってくる。これは理屈よりも完全に経験則の世界なのだが、たまたま最初から使っていた方法が一番だったというラッキー。以降この方法は、リッジで不動のものとしての地位を与えられた。
 サブマージド・キャップによる醸造に実際立ち会うと、数日間という短期間のうちに、素晴らしく強靭なフレーヴァーが得られていることがよくわかる。世の流行にとらわれず、己の信じた道を行くリッジの独自路線は、ここでも吉と出ているようである。
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生として醸造を経験。