Archives
連載コラム Vol.18
リッジのワイン造り、その核心
  サブマージド・キャップ・マセレーション 中編
  Written by 立花 峰夫  
 
 サブマージド・キャップ・マセレーションは、イタリアではカッペロ・ソッメルソ、フランスではイメルジェという名で知られている。廃れたとはいえ、実践する者が今日まったくいないわけではなく、たとえばレ・ペルゴレ・トルテなどで有名なトスカーナのエノロゴ、ジューリオ・ガンベッリがこの手法の信奉者である。ちなみにアメリカでは、リッジ以外に二つ、三つぐらいのワイナリーでしかこの方法は使われていないようだ。
 この方法は、手間がかからないが手間がかかるという矛盾した側面を持っている。手間がかからないのは発酵・マセレーション中のことであり、果帽が常に果汁中に浸されているから、キャップ・マネージメントをこれ一本で済ますことができる。つまり、発酵中は何もしなくても済む、ということになのだ。ただし、この手法だけでは非常に緩やかな抽出しか得られないので、2ヶ月にも及ぶロング・マセレーションが必要となり、その結果揮発酸発生などの問題が生じやすくなるというデメリットもある。抽出効率を良くするにはポンピング・オーヴァー(ルモンタージュ)を併用しなければならないが、そうすると「手間が減る」という折角のメリットが消滅してしまう。
 手間がかかるのは、発酵前の準備段階においてのこと。発酵中に生じる炭酸ガスの圧力とは、一般に想像されている以上にもの凄いものであるから、スノコがタンクの中腹から外れないように固定する作業はかなり大変である。リッジでは専用設計がなされたタンクとスノコ(ステンレス製)を使ってはいるが、それでも準備には相当な時間がかかる。また、この方法では炭酸ガスが空気中に逃げにくくなるから、タンクのデザインに問題があると、発酵中に側面がバリバリと避けてしまう事故も起きるらしい(ステンレスタンクの場合)。
 この方法が世界的に流行らなくなった主たる理由について、ポール・ドレーパーは準備の手間の問題だと考えている。単独で用いられた場合の抽出効率の悪さや、消費者が揮発酸の高いスタイルのワインに対して不寛容になってきたことなども原因としてあげられるだろう。ただしリッジにおいては、この手法は創設以来の「伝統」となっており、今後も守られていくに違いない。
Archives
 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生として醸造を経験。