Archives
連載コラム Vol.176

2011年ハーヴェストレポート No.2

  Written by 立花 峰夫  
 
 現地でワイン造りに加わっている、大塚食品の醸造家 黒川信治氏からのレポートの第二弾をお届けする。

***********************************

 9月17日、2011年の収穫がRIDGEの最南端の畑であるパソロブレスから始まった。今年のパソロブレスのブドウは、いつもより小粒で色が濃い。いい感じであった。その後、ワイナリーへ運び込まれるブドウを見ていると、色がしっかりしているのが、今年の特徴のようである。 今年は、1999年の9月19日以来となる9月後半に入っての遅い収穫のスタートを迎えた。 夏から秋に掛けて極端に暑い日が無かったため、ブドウの熟成が非常にゆっくり進んだ。このことが、ブドウにとっては、色を濃くしたりフレーバーを豊かにしたりする結果につながっている。やはり、果実は樹になった状態でじっくり熟成すると美味しくなる。これが、極端な暑い日が続くと、ブドウの糖度が急上昇して、ジンファンデルなどは香りが追いつくまもなくレーズンになったりする。このようなブドウから造られたワインは、やや風味の乏しいアルコールが目立つ傾向が見受けられる。色が濃く、フレーバー豊かなブドウから造られたワインは、高品質の期待が持てる。

 幸先の良いスタートを切った2011年であったが、やはり自然は甘くなかった。始まって1週間しかたってない9月24日頃からワイナリーの雲行きが怪しくなった。これは文字通り天気予報の影響である。10月4日にまとまった雨が降るという。この時期の雨は、ワイン造りには大敵である。

 雨による問題は大きく2つである。 1つは、成熟しつつある果汁が雨の水分を吸い上げることで希釈されること。 実際には、植物は吸水を状況に合わせて調整しているのでこの雨による希釈は大きな影響がないと期待したいところである。植物は、晴れた日には、蒸散(葉っぱの裏にある気孔から水蒸気を発散させること)をコントロールしながら気化熱を奪うことで体温(葉の温度)を下げたり、その水分蒸発によって出来た濃度差を利用して根から水を吸い上げる。雨の時は、この蒸散が抑えられて水分を吸い上げる量は少なくなり、雨による希釈の影響は、天気が持ち直せば回復が期待できる可能性は高い。 しかし、もう1つの問題である密着した果粒の表面についた水滴によるカビの発生は避けられない。特に成熟間近な果皮の薄いジンファンデルやシャルドネでは、一度発生したカビは広がりを見せる可能性が高いだけに問題が大きい。

 実際、カリフォルニアでは、ここ2年続けて、雨が明暗を分けている。 2009年は、10月13日に大きな嵐がやってきており、その前に収穫できたところは良かったが、出来なかったところは晩腐病が蔓延して大きなダメージを与えた。 続く2010年は、生育期が冷夏の影響で非常に遅かったため、多くのワイナリーが10月末から11月初めまで収穫を待っていた。そんな中で10月後半の3週続いた週末の雨に追い討ちを掛けた4週連続となる11月7日(日)の雨。その雨の予報を受けて、収穫が終わっていなかった多くのワイナリーが雨の前の収穫を考えた。カリフォルニアのワイン業界には、収穫専門に渡り歩くメキシカン労働者に依存するワイナリーが多く、必然的にこの労働者の取り合いとなり、人手が確保できたところは雨の前の収穫が出来無事事なきを得て、そうでないところは厳しい結果に終わったと云う。 幸いRIDGEは、このような季節労働者を使わず、年間を通して畑で働く正社員と専属契約のブドウ園管理会社の熟練した作業員が収穫にあたっている為、この2年続いた厳かったヴィンテージをクリア出来ている。

 そこで、この2年続いたヴィンテージ同様に少し先に予定していた収穫を切り上げ、10月4日の雨の前に、出来る限り収穫することが必要となった。 9月28日に、実際にソノマの畑を見た感じでは、多少熟成度合いに序列はあるが、ほとんどのジンファンデル、カリニャンやシラーなどのブドウは、色がつきタンニンも仕上がってフレーバーが乗ってきていた。(モンテベロのボルドー品種の収穫はまだ先であり雨の影響は少ない)また、9月27日から29日までの3日間、30℃を超える熟成日和が続いたことによって、熟成がさらに推進した。 そのような中、9月28日から10月2日現在までの5日間で通常の1.5倍の許容量である約150tの収穫を行った。雨が降る前に、全てのジンファンデルを収穫することは出来なかったが、最悪の事態は回避できそうである。急ぎ収穫したジンファンデルではあるが、やはり今年の特徴である色の濃さとしっかりした酸味とフレーバーを伴ったブドウが多い。同時に収穫されたカリニャンやシラーなども、濃厚でしっかりした味わいを持つものがあり、出来上がりが楽しみである。 ただ、もうひとつの心配の品種であるシャルドネは、成熟度が不足しているため収穫にいたらなかった。雨が上がってからの回復に期待するのみである。

 ここ数年、ワインメーカーのエリック・バウワーと判で押したように決まってする会話は「毎年、何かが起こる。決して簡単なヴィンテージはないもんだ。」と。 雨によって、厳しい状況になっている2011年の収穫であるが、ハーヴェストの冒頭で感じた収穫できることへの感謝の気持ちを忘れず、ままならぬ自然と付き合って行きたい。そのために、今年も、これまで同様、謙虚に今なすべき最善を尽くすのみである。

2011年10月2日 黒川信治


Archives
 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。