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連載コラム Vol.175

2011年ハーヴェストレポート No.1

  Written by 立花 峰夫  
 
 現地でワイン造りに加わっている、大塚食品の醸造家 黒川信治氏からのレポートの第一弾をお届けする。

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 今年もハーヴェストの季節が訪れたが、2011年は、いつもの年と少し違う心地がする。

 今年3月11日、東北地方太平洋地震があり、東日本一帯に甚大な被害をもたらし、福島の原発問題は未だに継続している。最近では、9月初めに四国・本州を直撃したノロノロ台風12号は記録的な豪雨をもたらし大台ケ原では2433mmという降水量を記録し、各地に爪あとを残した。日本のみならず、アメリカでも4月27日と5月22日に中南部を襲った大竜巻は、1953年に次いで多い480名を超える死者を記録している。そして、天災ではないが、911から数えて10年目にあたる年でもある。 昔から人は自然の恵みによって生きてきた。そのために、人は自然との共存を心がけてきたが、昨今の近代化によって、都会に自然はなくなり、自然に触れる機会を奪われ、自然から遠ざかっている。そして、自然の恵みの有難さは感じながらも当たり前のものと思い始めている自分がいた。今更ながらではあるが、自然は豊かな恵みを与えてくれるだけでなく、牙をむき出しにして襲い掛かる厳しいものでもあると言うことを再認識させられた。 そして、ワイン造りは、この当たり前ではない自然の恩恵によって成り立っている。今こうして、大なり小なりはあっても全ての畑でブドウが実り、同じ顔ぶれで収穫に立ち会えることの有難さを改めて感じさせられた2011年である。

 9月11日、十五夜のきれいな月が出ていた。こちらでは、この月を“ハーヴェスト・ムーン”と呼ぶ。RIDGEに関わってここまで11年、毎年必ずこの月をみながらブドウをクラッシュしてきた。読んで字のごとく「収穫の月」と言われるだけあって、当たり前のように思っていたが、今年は、それがなかったので、少し寂しさを感じた。それから更に数日たった9月15日現在でも、収穫はまだ始まっていない。前代未聞の遅い収穫の年となっている。 記録的な冷夏であった昨年でさえ9月第一週には収穫が始まっていた。昨年の収穫期は、4週間程度遅れて推移していたが、8月下旬から9月初めの気温の上昇で多くのブドウが成熟した。 今年の収穫期は、2-3週間の遅れで推移してきているが、昨年のような暑さが訪れていないため、未だに成熟過程にある。この遅れはRIDGEのみならず他のワイナリーも同様に遅れているようである。毎年この時期になると、ナパ・ソノマ地区ではブドウを積んだトラックが風物詩のように行き交うのを目にするが、今年はまだ、そのトラックを見かけない。

 畑を見に行った時にジンファンデルの中に、ブドウのベリー(果粒)の大きなものと小さなものが入り混じった房を見かけた。これを、「鶏とひよこ」と呼ぶらしい。この不揃いの結実である「鶏とひよこ」は、今年の5月下旬と6月上旬に降った雨の影響と思われる。ちょうど、その頃、ジンファンデルは、開花のタイミングであり、きれいな結実にならなかったようである。この雨の影響は、早生品種であるシャルドネ、メルローにも出ており、一部の畑では、収穫量の減少も見られている。 品質に関しては、まだ成熟過程であり、はっきりしたことは言えないが色が濃く風味の良いブドウも幾つか見受けられた。また、一般に、木にぶら下がった状態でゆっくり成熟を迎えたブドウは、風味が良くなることが多いので、そこに期待したい。 パソロブレスの畑では霜の害があった。ソノマでは一番降って欲しくない開花期の雨があった。理想的とはいえない8月から9月の涼しい気候ではあるが、着実にブドウはゆっくりと成熟に向かっている。

 自然とは厳しいものであり、その厳しさと自然の恵みは隣りあわせであると思っていたが、実はその厳しさの向こうに実りはあり、そんな厳しさを乗り越えてはじめて存在するのではないだろうか。 ここへ来て、やっと2011年の収穫開始が見えてきた。数日中に最初の収穫が始まる。 厳しさを乗り越えてきた自然の恵みに畏敬の念と感謝の気持ちを忘れず、2011年のハーヴェストを迎えたい。

2011年9月15日 黒川信治


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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。