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連載コラム Vol.174

映画『ボトル・ドリーム』について その2

  Written by 立花 峰夫  
 
 1976年のパリ・テイスティングについてのアメリカ映画『ボトル・ドリーム』は、冒頭で「これは史実をもとにしたノンフィクション」と謳っているのだが、実際には歴史的事実と異なる点が相当多い。

 まず、パリ・テイスティングの仕掛け人であったスティーヴン・スパリュアについて。アラン・リックマンがスパリュア役を演じ、「初老で鼻もちならない気取り屋の英国人。パリでワインショップとワインスクールを経営しているが、商売はうまくいかず、隣の店のおやじと毎日おしゃべりをしているだけ」という描かれ方をしているが、これはずいぶんな歪曲である。1976年当時のスティーヴン・スパリュアはまだ35歳であり、映画スターの顔負けの美男子であった。彼のワインショップもスクールも当時は飛ぶ鳥を落とす勢いで、スパリュアは若輩ながらもフランスワインの業界内で確固たる地位を築いていた(だからこそ、パリ・テイスティングにそうそうたる審査員たちを招けたのだ)。スパリュア本人は『ボトル・ドリーム』の配役、自分の描かれ方に激怒し、一時は訴訟まで考えたらしい。

 次にマイク・ガーギッチのこと。ガーギッチは、クロアチアから米国に裸一貫でわたってきた移民の若者で、シャトー・モンテレーナの醸造責任者を当時務めていた。パリ・テイスティングで一位になったシャルドネを仕込んだのは、実質的には彼である(ガーギッチはその後モンテレーナを去り、ガーギッチ・ヒルズという自身のワイナリーを立ち上げた)。しかし映画の中では、「奇跡のワイン」を仕込んだ功績は全面的にバレット父に帰せられており、ガーギッチがモデルだとかろうじてわかるメキシコ人の若者従業員は、息子のボーや研修生の女性とつるんでチャチな青春劇を繰り広げるだけである。

 そして、スタグス・リープ・ワイン・セラーズの扱い。パリ・テイスティングで有名になったのは、どちらかというとボルドー1級シャトーを撃破したこのワイナリーの赤ワインなのだが、映画の中ではみごとに「なかったこと」になっている。さすがに完全に黙殺するのは気がとがめたのか、映画の最後に文字だけで、「ついでにいうと、このテイスティングでは赤ワインもカリフォルニアが一位になって、それはスタグス・リープ・ワイン・セラーズの・・・」という感じの、まさにとってつけたような付け足しがなされている。

 その他にも、細かい史実との違いは多数あり、スパリュアの相棒であった女性、パトリシア・ギャラガーが登場しないこと、パリ・テイスティングの舞台はインターコンチネンタル・ホテルのパティオであったのに、映画の中ではパリ郊外の屋外になっていること。パリ・テイスティングの現場にボー・バレットが「カリフォルニア代表」として立ち会ったことになっていること、など。

 結局この映画は、「バレット親子による、シャトー・モンテレーナの宣伝作品」以外のなにものでもなく、バレット親子の栄光に水を指す要素にはことごとく蓋がされているのだ。

 とはいえ、映画の冒頭で流れるナパのブドウ畑の映像は、一見の価値ありの美しいものだし、「史実を下敷きにしたフィクション」と割り切って見れば、それなりに楽しめる作品ではある。なお、映画の中でリッジのカベルネが二度ほど登場するので(ボトルが映る、というだけだが)、見る機会があればチェックされたし。

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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。