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連載コラム Vol.172

赤ワインの樽発酵

  Written by 立花 峰夫  
 
 小さな樽(リッジの場合は容量200リットル)でワインを発酵させるというと、普通白ワインの話である。白ワインの小樽発酵は、ブルゴーニュ地方ではかなり昔から行われており、現在では世界中の高級白ワインで用いられる技術となっている。リッジのシャルドネも、もう長いあいだ小樽発酵・熟成である。

 一方、赤ワインについては、発酵中に果帽管理(ルモンタージュ、ピジャージュなど)の必要があること、果汁だけでなく果皮・果肉などの固体を発酵容器に入れ、取りだす必要があることから、小さな樽穴しかない小樽を使うことは技術的に難しいと考えられてきた。しかしながら、21世紀に入る頃から、一部の高級ワイナリーで実験が始まり、現在では世界中に広まりつつある。ただし、白ワインの樽発酵以上に手間がかかるため、高級ワインにしか用いられない。

 赤ワインの小樽発酵、樽を立てて上側の鏡面を外し、極小の開放式発酵タンクとして使う場合は比較的シンプルである。ブドウの出し入れや果帽管理は、空いた上面から行う(抽出はピジャージュとなる)。一方、赤ワインでも密閉式の発酵タンクとして小樽を用いる方法もあり、その場合は樽の鏡面に直径10センチほどのハッチ(開閉する金属製の扉)を取り付け、そこからブドウを出し入れする。果帽管理は、横にして積みあげた樽を、そのまま回転させられる専用棚(OXOラック)を用い、回転式発酵タンクのように樽の胴を回して行う。

 赤ワインの小樽発酵の効用は、樽風味がワインによく馴染むこと、味わいの中盤が強くなること、色が濃くなることなどだと言われている。大型タンクを用いるときと比べ、発酵温度の変遷パターンが変わること、空気との接触度合が異なることなどが、上述の効果を生むと考えられているが、科学的メカニズムの研究は始まったばかりで、まだ正確なことはわかっていない。

 リッジでは、容量1トンほどの小型ステンレスタンクで赤ワインを仕込むことはあっても、小樽を発酵容器に用いたことはない。今のところ、モンテベロ・ワイナリーの醸造責任者のエリック・ボーハーは、この技術の導入を実験ベースでも考えていないようだ。メリットとされている部分(色の増強など)について、あえて強化する必要性がさしあたってないこと、発酵中に樽が傷む(液モレが起きる)などマイナス面もあることがその理由だ。

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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。