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連載コラム Vol.17
リッジのワイン造り、その核心
  サブマージド・キャップ・マセレーション 前編
  Written by 立花 峰夫  
 
 赤ワインのアルコール発酵中には、果皮から色素やタンニンなどのエキス分抽出が行なわれている。発酵が始まると果皮などの固体成分は、酵母が生み出す炭酸ガスの圧力で液面の上まで持ち上げられ、フタのような固い層を形成する(果帽、キャップ、シャポーなどと呼ぶ)。この果帽をそのままの状態で置いておくと抽出効率が悪くなるので、なんらかの方法で果皮と果汁を接触させてやらねばならない。その作業のことをキャップ・マネージメントというのだが、これは赤ワイン造りのまさに核心をなす部分である。
 キャップ・マネージメントには代表的な方法が二つあり、それはパンチング・ダウン(ピジャージュ)とポンピング・オーヴァー(ルモンタージュ)である。パンチング・ダウンは比較的原始的な方法であり、櫂棒や人間の手足などを使い、果帽を上から押さえて果汁中に押し込むという方法。手間はかからないが、発酵タンクの容量がある程度になると、人力での実施は不可能になるので専用機械を使わねばならない(タンクが大きくなるにしたがい、果帽は厚く、固くなっていく)。一方ポンピング・オーヴァーのほうは、果皮のほうではなく果汁を動かしてやるもの。タンクの下部から果汁を抜いて果帽の上までポンプアップし、コーヒーのドリップのように上から振りかけてやる。タンク容量の大小に関わらず実施することが可能で、一般にパンチング・ダウンよりもマイルドな抽出ができると言われている。
 リッジではポンピング・オーヴァーを基本としているのだが、ガイザーヴィルやリットン・スプリングスといった最高のジンファンデルの一部では、「サブマージド・キャップ・マセレーション」という珍しい抽出方法を長いあいだ採用している。これは、発酵タンクの中程の高さにスノコ状の板を設置することで果帽の上昇をせき止め、果皮をずっと果汁中に浸しておく(submerge:水中に沈める)、というものである。かつてはフランスやイタリアなどでも広く行なわれていたのだが、現在ではすっかり廃れてしまったという「恐竜」のような方法。どんなメリットとデメリットがあり、何故滅んでしまったのか。またリッジは何故、この「恐竜」に今もこだわっているのか。次回以降にてお話しよう。
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生として醸造を経験。