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連載コラム Vol.166
リッジにおける前・工業的ワイン造り その1
  Written by ポール・ドレーパー(2011年3月)  
 
 今日のワイン界においては、「自然」なワイン造りについて多くが語られているが、この語は人によって異なる意味合いで用いられているようだ。ある人にとっては、有機栽培あるいはビオディナミのブドウ栽培のことであり、別の人にとっては添加物使用や工業的操作を拒むことかもしれない。また別の人は、ワイン造りの過程で人為的介入を最小限にすることを「自然」だと考えるかもしれぬ。このような混乱が見られる上に、人によってはこの言葉をネガティブに捉えることもあるだろうから、ここで我々は、リッジで行われていることについてもっと正確に書いておくことにする。

工業的なワイン
 イギリスで最も優秀なワイン評論家のひとりであるジャンシス・ロビンソンは、世界で今日造られているワインの90%以上が、「工業的」だと述べたことがある。この言葉から論を始めるとすれば、リッジが過去50年にわたって続けてきたワイン造りは、「前・工業的」と呼ばれるのがふさわしいだろう。1933年に13年間の禁酒法時代が終わった際、それ以前の伝統的な技術を身に付けていて、かつ昔の仕事に復帰できるほど若い醸造家は片手で数えられるほどしかいなかった。いくつか例をあげてみよう。ファウンテン・グローヴ、ラークミード、ナーヴォ、ラ・クレスタ、シミ、イングルヌックといった歴史的ワイナリーで働いていた醸造家たちは、真に偉大なカベルネやジンファンデルを多数生み出していた。1970年代に、私はこうしたワインの多くを、その齢35歳以上のタイミングで試飲する機会に恵まれている。大多数はまだ美しい姿を保っていて、1940年代後半におけるボルドーの偉大なヴィンテージと肩を並べるほど奥深い逸品もいくつか見られた。こうしたワインが、前・工業的と呼ばれるものである。

 禁酒法の終焉に伴い、カリフォルニア大学デイヴィス校が、この国の醸造家が求める専門知識・技術を提供しようと歩みはじめ、年を追うごとにワイン造りを工業的なプロセスへと変貌させていった。2010年に発刊された『ザ・ワールド・オブ・ファイン・ワイン』誌(今日におけるトップクラスのワイン刊行物のひとつ)の第30号では、マスター・オブ・ワインのベンジャミン・ルーウィンが、現在カリフォルニアのカベルネの多くがどのように造られているかを詳述している。 「並外れて高い糖度でブドウを収穫しようという動きは、巧妙な方法でアルコール度数を操作することにつながっていった。ブドウ果汁のBrix値(糖度の指標)が単に高すぎるなら、水をいくらか加えて発酵が可能なレベルまで糖度を引き下げ、発酵が始まったら果汁を幾分か引き抜いて希釈による悪影響を防ごうとする。醸造家によっては、糖度の調整を行う前に、高いブリックス値の果汁に酸を加えている」

 こうしたアプローチによって生まれる赤ワイン(一般に、「国際的」スタイルと呼ばれる)では、逆浸透膜の利用、メガ・パープル(2000分の1に濃縮した果汁)の添加、ヴェルコリン(DMDCという薬品)によるワインの化学的殺菌が行われることもある。これら技術の多くは世界中で用いられているものだ。ボルドーの一部生産者も、ミクロビュラージュ、逆浸透膜、室温蒸留などなどの技術を使っているのだから、カリフォルニアだけが特別なわけではない。工業的なワインはフレッシュさがなく、重たい仕上がりになりがちだ。2007年産のカベルネを試飲したニューヨーク・タイムズ紙のエリック・アシモフは、次のように述べている。 「・・・単調で彩りを欠き、フィネスがほとんどないワインが多くてがっかりした。・・・複雑な味わいの代わりに、いつでも果実味だけが前に出るのがルールになっているようで、力強さが優雅さよりも好ましいと考えられているらしい」 (その2につづく)

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 ポール・ドレーパー
 リッジ・ヴィンヤーズ 最高醸造責任者 兼 CEO
        
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