Archives
連載コラム Vol.165
パーカーがカリフォルニアから引退!
  Written by 立花 峰夫  
 
 世界のワイン市場を動かすアメリカ人評論家のロバート・パーカーが、2008年産のリッジのジンファンデル3銘柄に高得点を与えた。彼の発行するニュースレター、The Wine Adovocate の2011年2月号(通算193号)においてである。

2008 Lytton Springs - 93点
2008 Pagani Ranch - 94点
2008 York Creek - 90点


  ところがそのワイン・アドヴォケイトの発刊から間もなく、衝撃的な発表がパーカーのウェブサイトでなされた。数年前から、パーカーは自身が評価する産地をボルドー、ローヌ、カリフォルニアの三つに絞ってきていたのだが、今後はカリフォルニアもアシスタントに評価を任せるというのである。パーカーに代わってカリフォルニアを担当するのは、これまでワイン・アドヴォケイトでイタリアとシャンパーニュをレヴューしてきた、アントニオ・ガッローニ。彼は今回の担当替えで、カリフォルニア以外にもコート・ドールとシャブリを新たに担当することになり、いよいよ「帝王の後継者」の筆頭に躍り出た感がある。

 カリフォルニアワイン愛好家、業界人たちは、この突然の発表に大いに驚き、おびただしい数のコメントがワイン系ウェブサイトの掲示板やブログでは飛び交っている。その意見はもちろん一様ではないが、一致しているのは「パーカーのカリフォルニアからの『引退』により、業界のあり様が変わるであろう」という予測である。

 1990年代以降、パーカーは濃厚で高いアルコールのカリフォルニアワインを讃え上げ、実に気前のよい点数を与えてきた。ガレージで仕込んだような無名かつ超少量生産のワインが、パーカーの高得点により一躍スターダムにのし上がるという「カルトワイン現象」が、20年近く続いてきたのだ。現在、カリフォルニアワイン愛好家たちが追い求める人気銘柄の多くは、パーカーの評価なしには今日の地位を確立できなかったものである。帝王の好みに迎合しようとして、摘み取りを極限まで遅らせ、レーズンに近い状態のブドウ(あるいは完全なレーズンから)ワインを造るという流行も生まれた。

 ただしこの2〜3年を見ると、濃厚なスタイルを尊ぶ方向へと動き続けた振り子が、とうとうその振り幅の端に達し、揺り戻しを始めたようにも見えていた。飲み手、造り手の中から、エレガントで食事に合うワインへと立ち戻ろうとする人が増えてきたのだ。昨今は、パーカーの影響力が、全盛期と比べると明らかに衰えてきたと指摘する識者も少なくない。そんな中での引退表明は、時代の流れとパーカーの衰えが強いた、ある種の必然だったのではないか。

 パーカーが去ったあと、少なくとも一部のカリフォルニアワインは、これまでのような「行き過ぎた濃厚さの追求」から軌道修正せざるをえなくなるだろう。ただ、これまでの20年間も、リッジをはじめとしてエレガントなカリフォルニアワインは市場にあったのだ。ロバート・パーカーも、決して濃厚なワインだけを評価してきたわけではない。カルトワインスタイルの対極にあるモンテベロは、常にパーカーから高い評価を受けてきたし、彼はリッジのポリシーにも深い共感を覚えている。ワイン・アドヴォケイトの2月号に書かれた、以下のコメントを参照されたい。

 「リッジ・ヴィンヤーズは長きにわたり、高級カリフォルニアワインのこの上ないお手本であり続けてきた。過去40年間、リッジの根底にあった目的とは、最高のワインを生み出せる畑を見出すことであった。他の畑のブドウとブレンドすることなしに、また機械的・化学的な処理に頼ることなしにである」

Archives
 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。       
=