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連載コラム Vol.141
シャルドネ
  Written by 立花 峰夫  
 
 リッジがワインを造る唯一の白ブドウがシャルドネである。モンテベロの自社畑の最下部、標高430〜590メートルの位置に約7ヘクタールの畑があり、そのブドウだけが用いられている。生産されるワインは二種類、トップキュヴェの「モンテベロ・シャルドネ」と、セカンドワインである「サンタ・クルーズ・マウンテンズ・シャルドネ」。いずれも、樽発酵・樽熟成を経たブルゴーニュ・スタイルである。生産量が少ないことと、リッジというワイナリーが赤ワインのイメージが強いことから、カベルネ・ブレンドやジンファンデルほどメディアで取り上げられることはないものの、カリフォルニア屈指の品質を誇る隠れた名品だと思う。特に、数年の瓶熟成を経たものは、偉大なブルゴーニュに勝るとも劣らない美しさだ。

 シャルドネはその昔、ブルゴーニュ地方でピノ・ノワールとグーエというマイナーな白ブドウの自然交配によって生まれた。アリゴテ、ガメ、ミュスカデなどブルゴーニュ原産の品種の多くが、同じ親を持つ「兄弟」である。ただし、兄弟の中ではシャルドネだけがずば抜けて出来のよい「神童」で、20世紀後半に世界中のブドウ畑にくまなくいきわたるほどの人気者となった。ヨーロッパ全土、アメリカ、オーストラリアなどの新世界の有力国は言わずもがな、ロシア、中国、インド、日本まで、商業ベースでワインを造る国で、シャルドネの植わらないところはひとつとしてない。

 2004年時点での世界合計の栽培面積は約18万ヘクタール、白ブドウの中ではスペインのアイレンという品種に次いでの二位である。アイレンが、スペイン中央部のラ・マンチャ地区にそのほぼ全量が植わる冴えない品種だということを鑑みると、実質的な白ブドウのトップはシャルドネだと言えよう。一本数百円から数十万円まで、どの価格帯のものでもシャルドネは人気がある。その秘密は何なのか?

 消費者にとっての第一の魅力は、そのクセのなさと味わいの「コク」である。シャルドネには、リースリングやソーヴィニョン・ブランのような、「その品種特有の香り」がない。個性はないものの、心地よい果実のフレーバーとしっかりした飲みごたえがあるため、万人受けするのである。また、樽由来のヴァニラ香と非常に相性がよいため、「果実+ヴァニラ+コク」という黄金の足し算によって、初心者にも上級者にも愛されるスタイルになる。その上、ブルゴーニュの高貴な白ワインの原料品種と氏素性が正しく、名前も発音しやすく響きが良い。実力にブランド価値が加わって、まさに鬼に金棒の強さなのだ。

 シャルドネを支持するのは消費者だけではない。このブドウは、売れるということ以外にも、生産者に愛される理由が多くある。収量がそこそこあがる上、年毎の出来高にムラがない。病気にもかかりにくく、気候や土壌を選ばない。誰がどこでどう育てても、それなりの果実を手にできるのだ。その上、醸造技術の選択肢が広く、多少の失敗を受け入れてくれる寛大さがある。「失敗するのが難しい品種」とまで、生産者たちには言われている。

 唯一の欠点らしい欠点は、人気が高すぎること。似たような味わいのシャルドネがワインショップの棚を埋め尽くしているのは、消費者にとってある種退屈な状況だと言えるだろう。生産者にとっては、極端に競争が激しいことを意味する。シャルドネは、「とりあえず売れる品種」ではあるものの、ライバルがあまりに多いのである。

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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。