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連載コラム Vol.14
リッジのワイン造り、その核心  自然発酵 前編
  Written by 立花 峰夫  
 
 これからは暫くの間、リッジのワイン造りにおける中核技術の数々について、その目的や意義を解説していきたい。今回から3回にわたって取り上げるテーマは、「天然酵母による発酵」。そう、リッジのワインの裏ラベルに毎回のように書いてあるアレである。くどいぐらいにアピールしているのは、それがリッジの「自然なワイン造り」の重要な一側面であるからにほかならない。
 「天然酵母による発酵」(以下自然発酵)とは、簡単に言って培養酵母を使わずにアルコール発酵を行うことである。培養酵母とは、酵母メーカーが研究室で純粋培養してワイナリーに販売する粉末酵母のことで、パン作りに使われているイースト菌を想像してもらうとよい(ただし種類は違う)。葡萄の破砕時に少量の果汁に溶いて発酵タンクに添加すると、しばらくしてブクブクと泡が出始める。世界中のワイナリーのマジョリティが、今日では培養酵母を購入して使っている。一方、自然発酵では、葡萄を潰して発酵タンクに入れて置いておくだけ。何も手を加えずとも、しばらくたつと勝手にアルコール発酵が起こってくれる。
 ここで疑問が沸き上がる。自然にアルコール発酵が起きるなら、何故みんなわざわざ培養酵母にお金を払うのだろうか。この答えは比較的簡単である。天然酵母は培養酵母と比べて気まぐれで、発酵開始のタイミングや発酵が進むスピードが正確には読めない。培養酵母はその点優等生で、添加すればすぐに発酵が始まるし、スピードも均一で終了までの日数も予測がつく。限られた発酵タンクを効率的にまわしていく必要のある大規模ワイナリーでは、培養酵母の恩恵は計り知れないほど大きいのである。
 品質面においても、培養酵母にはいくつかのメリットがある。天然酵母での発酵は、諸条件が悪いとワインに不快な風味を与えることがあるが、培養酵母にはそれがない。また、市販されている培養酵母にはさまざまな種類があり、「メロンのような香りがつく酵母」「糖度の高い葡萄に向く酵母」など、ニーズに合わせた選択がある程度は可能なのである。
リッジでは、この便利きわまりない培養酵母を敢えて使わず、自然発酵にこだわりを見せている。それは何故なのだろう? 次回のコラムで解説しよう。
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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生として醸造を経験。