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連載コラム Vol.131
2009年ハーヴェストレポート No.4
  Written by 立花 峰夫  
 
現地の黒川氏からのレポート、今年もこれで最終回である。今回は、収穫の終盤を襲った大嵐について。緊迫した空気が流れるワイナリーの模様が、ヴィヴィッドに描かれている。

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暴風の名前をもつブドウ選別機=ミストラルが連れてきたとは思えないが、2009年はカリフォルニアのこの時期にしては珍しく本物の暴風雨が訪れた。その嵐が、Typhoon Melor(メロー)である。これは、10月初旬に日本を襲った台風18号が、ジェット気流に運ばれ、太平洋を渡ってアメリカ西海岸に上陸したと言う珍しい嵐である。

いつものように、気象予報をみていると「晴れの予報だった来週の水曜日(10月14日)が雨に」と言う話が、「かなりまとまって降りそうだ」そして、翌日には「今度の嵐は、日本の台風が海を渡ってやって来る」と、緊張度を増していった。そのため、毎日のように畑へ行ってはサンプリングを繰り返し、「どの畑の成熟が先行しているか」、「今収穫できる畑はないか」と毎日、栽培担当者と醸造担当者の激しい意見交換が続く。

栽培担当者からの「ブドウの葉が既に緑でなくなり出している。大量の雨の後では、回復が見込めない可能性が高いから、嵐の前に全部収穫しなければ、大問題になる」という連絡が入り、畑へ直行してみると同意せざる得ない状況であった。そこからは、「どの順番で収穫していけば、全部の畑を嵐の前に収穫できるか?」という一点に話の焦点が絞り込まれた。

そして、10月6日頃から、少しでもより成熟している畑を選び、収穫をスタートし、10月9日から12日にかけて、ラストスパートで全てを収穫した。 11日には、畑の区画の大きいパガニランチが残っていたこともあり、一日で50トンの収穫(通常一日の処理量は20トン程度)となった。最後の4日間での収穫量は合計で123トン。モンテベロの畑が、人手などの理由から通常10トン/日であることを考えると、この4日間は通常の倍の収穫をしたこととなる。

最後まで緊張した年であった。12日に収穫し終えたブドウをクラッシュしているときに、遠くの方から雨雲が近寄ってくるのが見え、「あれが来たら、雨がタンクに混入する。あれが来るまでに、全てを終わらせろ」と、可能な限りの人員が総出での作業となった。その結果、本格的な雨の降り始める1時間程前に全てを終えることが出来た。

モンテベロのUpper Vineyardsに設置されている自社の観測計によれば、この嵐の最大風速85マイル/H(38m/sec)で、この日の降水量が5.5インチ(140mm)であった。この降水量は、年間平均雨量の約七分の一に相当する。

実際に、ナパを含めたこの周辺のワイナリーの90%が、このタイミングで収穫を終えている。運悪く、収穫が間に合わなかった畑のブドウには、晩腐病などのカビなどの被害が出ていると聞く。今年の収穫をあきらめた栽培家もあるらしい。(不景気で、もともと在庫を抱えるワイナリーは、ブドウの購入量を落としている。栽培農家は、この雨のため、更に売り先をなくし厳しい事態を迎えている)

このように、滑り込みセーフで収穫を終えた後のセラーの中では、40基近いタンクで、ブドウが発酵を待つ状態となった。雨により気温が下がった為、果実の品温も下がり自然の発酵が始まりにくいものもあったが、なんとかブドウに附着する酵母によって3日前後で発酵を開始できた。一日2回のポンプオーバーをしながら、全てのタンクの試飲を行い、タンニンの抽出具合を確認する日々が続いた。 そして10月21日、最後のタンクのプレスを行い少し落ち着くことが出来た。

醸造責任者のエリック・ボーハーとの会話の中であった、興味深い話をもって、今回のコラムを締めくくりたいと思う。

「1990年代は、決まってジンファンデルの収穫期を待ってカベルネの収穫がスタートする行儀のよさが見られたが、2000年代になってからは今年のようにジンファンデルとカベルネが同じタイミングで収穫期を迎えたり、11月以降にしか来なかった大きな嵐が10月中旬に訪れたりと、気象条件が変わってきているように感じられる。」

地球温暖化や異常気象が叫ばれる昨今である。今後どのような気候になっていくのかわからないが、最近の収穫期を見ている限りでは、カリフォルニアといえども、これまで以上に気象情報をにらみながらの収穫になっていく可能性を示唆した2009年であった。

嵐のように過ぎ去った2009年のハーヴェストであったが、ワインはしっかりしたものが期待できそうである。Zinfandelに代表されるとおり、香り深く酸味ののった非常に良いできであり、引き続き行われている発酵の先行きが非常に楽しみである。

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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。