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連載コラム Vol.105
2008年ハーヴェスト・レポート No.2 収穫期に降る雨。
  Written by 立花 峰夫  
 
 今回も、現地で収穫作業に従事する、黒川信治氏から寄せられたレポートである。

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 モンテベロ・ブドウ園での黒ブドウの収穫が9月22日のメルローを皮切りに始まった。
 順調に進むかと見られた10月4日(土)に収穫が始まって以来、最初の雨を記録した。幸い雨の量が少なく大勢に影響はなかったが、この時期の雨は我々ワイン造りをする者の神経を過敏にさせる。そこで、この時期の雨について触れながら現状をレポートしてみたいと思う。

 前回のレポートで、2008年の3〜6月はほとんど雨が降らなかったことを報告したが、カリフォルニアでは、この時期高気圧が居座っているため、太平洋からの湿った空気の影響が、ほぼ完全にブロックされる。10月から11月にかけて、このブロックが解かれると、湿った空気が入りやすくなり雨の季節の訪れとなる。これを、こちらの人は「門が開いた」と表現している。アラスカ方面で発生した湿った空気は南下して、太平洋上の西から東へ吹くジェット気流に運ばれカリフォルニア沿岸にやってくる。門が閉じているときは、この反時計回りでやってくる湿った空気は、この門にブロックされ、そのまま円を描くようにシアトル方面に追いやられる。しかし、一旦門が開くと、次々訪れる湿った空気はカリフォルニアに上陸して雨をもたらしていく。

 今年で9回目のハーヴェストになるが収穫期の雨として記憶に残るのは、2004年の10月19〜20日に降った0.92インチ(23mm)の雨と2007年の9月下旬から10月中旬にかけて数回に渡り降り続いた2度くらいである。
 2004年の場合は、ブドウの代謝が終了していた収穫期終盤に訪れたまとまった雨であった為、その後に収穫したブドウは力強さに欠けるものとなった。(幸い3つの区画しか残ってなかった)。2007年の場合は、その数回の雨がいずれも少量であったことや、ブドウの代謝が継続中であった為、その後の天候の回復により雨の影響はカバーされ、良いブドウが多く収穫できる結果となった。
 この時期の雨は、味への影響もさることながら、ブドウの病気を最も危惧させる。皮の薄いジンファンデルなどは雨の影響で、果皮が破れ果汁が飛び出すと、すぐにカビが生えてしまう。一方、カベルネのような果皮の厚いブドウはこの影響が比較的少ない。収穫期後半に残るブドウが、果皮の厚いカベルネ主体であり、病気の心配が少ないというところは、うまく出来たものである。
 そして、天気図を睨みながら、1年間手塩にかけて育てたブドウを健全な状態で一日でも早く収穫したいブドウ栽培責任者と、少しでも長く畑においてブドウの品質を高めてから収穫したい醸造責任者が、毎年同じように侃々諤々を繰り返すのである。この打開策として、リッジでは、ここ数年、醸造責任者のエリック自ら畑へ足を運び収穫のタイミングを栽培担当者と一緒になって見極めるようにしている。私も一緒に畑を訪れることがあるが、サンプリングでは見えてこないブドウ畑の様々な顔が見えてきて、非常に有意義で効果的である。

 そして、今年である。10月4日に降った雨は0.13インチ(3.2mm)と量も少なく、ブドウの代謝も継続中、ゆえに春先からの乾燥に耐えてきたブドウにとっては一息つく適度なお湿り程度であった。長期予報を見る限り、近々に湿った空気が来る気配がないので、じっくり構えて次の収穫を迎えることができそうである。
 このレポートを書いている10月9日の時点で、モンテベロの7〜8割のブドウの収穫を終えている。2008年のモンテベロのブドウは、例年に比べ小粒で収穫量が少ないため、非常に濃厚でタンニンもしっかりした素晴らしいワインとなっている。毎朝発酵中のタンクの味を見て回るのが、非常に楽しみである。特に香りの良さと力強さが際立っている今年は、試飲が終わった後にまた味を見に行きたくなり、引き返ことが度重なる。

 最後に、こんな雨の話をすると2008年が雨の年と錯覚をしてしまうが、逆に今年は極めて雨が少ない。だから、安心して雨の話ができるのである。そして、今年のように乾燥した年は、来年に備えて収穫が終わった11月以降に、とりわけ雨が降ってくれることを期待するのである。

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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。