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連載コラム Vol.137
アリカンテ・ブーシェ
  Written by 立花 峰夫  
 
 アメリカではかなり珍しい部類に入る黒ブドウ品種である。リッジのワインだと、パガニ・ランチでジンファンデルに交じって少し混植されている(ワインにブレンドされる比率は5〜10%程度)。この品種の一番の役割は、ブレンドされた赤ワインの色を濃くしてくれるというものである。基本的には風味に際立った特徴のない品種だが、パガニに植わるアリカンテ・ブーシェは樹齢が非常に高いこともあって、しっかりとした味わいを見せてくれる。

 なぜアリカンテ・ブーシェが色を濃くできるかというと、この品種はタンテュリエと呼ばれる特殊なブドウだからである。タンテュリエというのは、果皮だけでなく果肉や果汁まで赤いブドウ品種の総称。もともと野生ブドウだったものを、人間が選抜して栽培を始めたと考えられており、元祖の品種はタンテュリエ・ド・シェールと名付けられた。タンテュリエとは、フランス語で「染色業者」の意味で、当初からワインの色を増すことが役割だったことが伺える。

 1824年のこと、フランスのルイ・ブーシェという人物が、このタンテュリエ・ド・シェールに南仏の冴えない黒ブドウであるアラモンを掛け合わせ、プティ・ブーシェという黒ブドウ品種を造った。こちらもやはり果肉・果汁が赤いタンテュリエであった。そして今度は、ルイの息子アンリが、父親のプティ・ブーシェを当時アリカンテと呼ばれることが多かったグルナッシュと掛け合わせ、アリカンテ・ブーシェを生み出した(1865〜1885年の間)。

 アリカンテ・ブーシェは、20世紀前半の南フランス・ラングドック地方で人気を博した。同地方で同じく幅を利かせていたアラモンと比べると、アリカンテ・ブーシェのワインに含まれる色素量は15倍にも達する。ヘクタールあたり200ヘクトリットルという莫大な収量を上げても、12%という普通のアルコール度数に達する果実をつけてくれるため、安価なワインの製造業者・栽培家には重宝された。近年は栽培面積が減少し続けているが、それでもまだ7,000ヘクタール以上の畑が南フランスにはある。

 アリカンテ・ブーシェが最も広く植わっているのはスペインで、少し古い統計だが1990年時点で1.6万ヘクタールの畑があった。この品種はスペインでガルナッチャ・ティントレラと呼ばれており、ティントレラはフランスのタンテュリエと同義である。

 カリフォルニアでは、セントラル・ヴァレーを中心に700ヘクタールほどが植わっている。樹齢の高い畑もけっこう多い。禁酒法の時代(1919〜1933)、一定量内でのワインの家庭醸造は黙認されていたのだが、アリカンテ・ブーシェは素人でも扱いやすい品種だったため、その用途でよく用いられた。そのため、この時代に植えられたブドウが今も残っているということらしい。

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 立花 峰夫
 フリーのワインライター/翻訳者。
 2003年ヴィンテージには、リッジ・ヴィンヤーズの研修生
  として醸造を経験。