醸造技術

ポール・ドレーパーが語るリッジにおける前・工業的ワイン造り

今日のワイン界においては、「自然」なワイン造りについて多くが語られているが、この語は人によって異なる意味合いで用いられているようだ。ある人にとっては、有機栽培あるいはビオディナミのブドウ栽培のことであり、別の人にとっては添加物使用や工業的操作を拒むことかもしれない。また別の人は、ワイン造りの過程で人為的介入を最小限にすることを、「自然」だと考えるかもしれぬ。このような混乱が見られる上に、人によってはこの言葉をネガティブに捉えることもあるだろう。だからここで我々は、リッジで行われていることについて、もっと正確に書いておきたい。

工業的なワイン

イギリスで最も優秀なワイン評論家のひとりであるジャンシス・ロビンソンは、世界で今日造られているワインの90%以上が「工業的」だと述べたことがある。この言葉から論を始めるとすれば、リッジが過去50年にわたって続けてきたワイン造りは、「前・工業的」と呼ばれるのがふさわしいだろう。1933年に13年間の禁酒法時代が終わった際、それ以前の伝統的な技術を身に付けていて、かつ昔の仕事に復帰できるほど若い醸造家は片手で数えられるほどしかいなかった。いくつか例をあげてみよう。ファウンテン・グローヴ、ラークミード、ナーヴォ、ラ・クレスタ、シミ、イングルヌック。こうした歴史的ワイナリーで働いていた醸造家たちは、真に偉大なカベルネやジンファンデルを多数生み出していた。1970年代に、私はこれらのワインの多くを、その齢35歳以上のタイミングで試飲する機会に恵まれている。大多数はまだ美しい姿を保っていて、1940年代後半におけるボルドーの偉大なヴィンテージとも、肩を並べられるほど奥深い逸品がいくつか見られた。こうしたワインは、前・工業的と呼ばれるべきものである。

Tasting press fractions

禁酒法の終焉に伴い、カリフォルニア大学デイヴィス校が、この国の醸造家が求める専門知識・技術を提供しようと歩みはじめ、年を追うごとにワイン造りを工業的なプロセスへと変貌させていった。2010年に発刊された『ザ・ワールド・オブ・ファイン・ワイン』誌(今日におけるトップクラスのワイン刊行物のひとつ)の第30号では、マスター・オブ・ワインのベンジャミン・ルーウィンが、現在カリフォルニアのカベルネの多くがどのように造られているかを詳述している。「並外れて高い糖度でブドウを収穫しようという動きは、巧妙な方法でアルコール度数を操作することにつながっていった。ブドウ果汁の糖度が高すぎるなら、水をいくらか加えて発酵が可能なレベルまで糖度を引き下げ、発酵が始まったら果汁を幾分か引き抜いて希釈による悪影響を防ごうとする。醸造家によっては、こうした糖度の調整を行う前に、高い糖度の果汁に酸を加えている」

こうしたアプローチによって生まれる赤ワイン(一般に、「国際的」スタイルと呼ばれる)では、逆浸透膜の利用、メガ・パープル(2000分の1に濃縮した果汁)の添加、ヴェルコリン(DMDCという薬品)によるワインの化学的殺菌が行われることもある。これら技術の多くは、世界中で用いられているものだ。ボルドーの一部生産者も、ミクロビュラージュ、逆浸透膜、室温蒸留などなどの技術を使っているのだから、カリフォルニアだけが特別なわけではない。工業的なワインはフレッシュさがなく、重たい仕上がりになりがちだ。2007年産のカベルネを試飲したニューヨーク・タイムズ紙のエリック・アシモフは、次のように述べている。「……単調で彩りを欠き、フィネスがほとんどないワインが多くてがっかりした。……複雑な味わいの代わりに、いつでも果実味だけが前に出るのが決まりになっているかのようで、力強さが優雅さよりも好ましいと考えられているらしい」

前・工業的ワイン

リッジでは創立当初から、現代的でどんどんと工業的になっていく地元のワインが、前・工業的ワインに見られたような複雑性やその土地らしさ、熟成・発展する能力を欠くと感じていた。それで我々は、19世紀まで立ち戻ったのだ。ラ・クエスタのような地元で最良だったワイナリーや、ボルドーのシャトーでその時代に使われていた技術へと。我々は過去と現在を統合する中で、前・工業的な技術を採用しては、最良かつ最も優しく作動する現代の設備とつなぎ合わせていった。リッジは、同水準の規模ならばどこのワイナリーにも負けない、トップレベルの進んだ分析ラボを持っている。最小限しか亜硫酸を使用しないから、ラボでの分析によって問題発生を突き止められるようにしているのだ。試飲をして、難ありと気づくよりもずっと前に。

ブドウ畑

こうしたワイン造りの技術を、リッジでは50年にわたって用いてきている。その目的とは、あたう限り品質が高く、その土地らしさを表したワインを造ることである。出発点は、とびきりのブドウ畑を持つこと。幸運なことに我々は、125年前に拓かれたモンテベロの畑を所有していた。禁酒法のあと打ち捨てられた状態になっていたこの畑には、1940年代後半に植えられ、現在樹齢60年を数えるカベルネがあった。最高で、最も表現力のある土地を求めながら最初に造られたジンファンデルは、樹齢86年の畑のものだった。1966年には、初めてガイザーヴィルのワインを仕込み(現在では、樹齢130年にもなっているブドウを使った)、それから今に至るまで毎年この畑のワインを造り続けている。1972年は、リットン・スプリングスが初めて造られた年で、ブドウ樹は1902年に植えられたものだった。引き続いての年月の中で、我々は50箇所を超える古木のジンファンデルを扱ったが、結局ガイザーヴィルとリットン・スプリングスの品質が一番高かった。最も複雑で、特有の個性が一番安定しているのだ。

Sorting destemmed grapes

1990年に、我々はガイザーヴィルの長期貸借権を、第一先買権付きで得た(その後、2016年に購入)。1991年と1995年には、リットン大佐が1870年代に初めてブドウを植えたブドウ畑について、東側、西側の順で購入している。モンテベロとこの二つの畑が、我々の自社畑である。耕作は持続可能な方法で行われており、土壌、微気候などその場所に影響を与えるすべての要素をワインにもたらすことで、その土地の真の姿が現れるように努めている。今日では、三つの自社畑産の果実が全体の75%を占めており、自社畑の大部分は有機栽培の認証も得た。認証を得るためには、カヴァー・クロップ(被覆作物)を植えること、総合防除(IPM)技術を用いること、草刈機で雑草を刈ること、ブドウの果皮で作った堆肥を用いることなどが求められており、殺虫剤、除草剤、化学肥料は使えない。

収穫時期を決めるにあたっては、味が最も重要な要素であり、ブドウが過熟ではなく適熟になった時に摘むようにしている。自社畑のものであれ、栽培家から購入したものであれ、リッジが用いるブドウはすべて手収穫されているから、畑での選果が可能である。

ワイン造り

我々のワイン造りの哲学の中には、純粋培養酵母ではなく、畑からもたらされた土着の酵母のみを使って発酵を行うというものがある。他の例を挙げるなら、業者が販売する酵素の力を借りずにブドウから色、風味、タンニンを引き出すこと。発酵中のタンニン抽出に関して、テイスティングによってどれだけの間ルモンタージュを続けるか決めること。培養乳酸菌を添加することなく、自然にマロラクティック発酵が起きるようにすること。静置と澱引きによってワインを澄んだ状態にすること。あらかじめ決まったレシピに従うのではなく、テイスティングでほとんどのワイン造りに関する判断(ブレンドを含む)をすることなどだ。

長年の経験を通じて我々は、最小限の亜硫酸を添加することが、ワインの酸化・劣化という常時のリスクを避けるために、必要不可欠であるという結論に達した。ワインが酸化・劣化してしまうと、ブドウ畑の個性が破壊されてしまう。ブドウを破砕する際にまず少量の亜硫酸を添加し、そのあとマロラクティック発酵の終了後にも、そして季節ごとに行われる澱引きの際にもごく少量を添加する。その量は、ワインごとに効果を発揮するギリギリのレベルに抑えられている。

時折、特定ロットのワイン(あるいはブレンドされた一銘柄のワイン全体)のタンニンが過度である際には、新鮮な卵白を用いて優しく清澄作業を行うことがある。卵白はタンクまたは樽の底に沈み、タンニンの一部を取り除くことでバランスを良くし、一層ワインの完成度を高めてくれる。卵白が沈殿して固い層ができたら、ゆっくりと上澄みのワインを移し替えてやる。メンブラン・フィルターによる無菌濾過は行わないのだが、それはこのプロセスがわずかとはいえ、その差に気付くぐらいには風味と複雑性に影響を与えるからである。

ジンファンデルがセラーで過ごす期間、ずっとテイスティングを続けることによって、それぞれのブドウ畑の個性を最もよく表しているロットを選ぶことができる。選ばれたロットは組み合わされて畑名入りワインとなる。個性が際立っていないロットはブレンドから外される。

モンテベロとエステート・カベルネ・ソーヴィニョン

Filling barrels

モンテベロの畑で、すべてが栽培されているボルドー品種については、アプローチが若干異なっている。長年の経験のおかげで様々な区画について、過去に生まれたワインのスタイルからおおまかに二等分することができるのである。ひとつめのグループは、若いうちから飲みやすく、その複雑味が開花するのも比較的早い。このグループの区画から、エステート・カベルネ・ソーヴィニョン(以前のサンタ・クルーズ・マウンテンズ)のワインが選ばれている。もうひとつのグループは、若いワインとしてバランスが取れていて楽しめもするのだが、少なくとも10年熟成させないことには、十分な深み、複雑性、卓越した品質がその姿を現し始めない。モンテベロのワインは、ブラインド・テイスティングによって、このグループの区画から選ばれている。二つのワインの最初のアッセンブリッジ(ブレンド)は、収穫翌年の2月初旬に行われる。二度目のブレンドは5月に行われ、この時にはプレスワインと、2月の段階ではまだ安定していなかったロットを含めるかどうかを吟味する。つまり我々は、ひとつの畑から二つのワインを造っているのだ。スタイルの面でははっきり異なるが、畑の個性は共通している。

まとめると、リッジではそれぞれの畑でのブドウ栽培を、その土地での長い経験に根ざしたものにしており、同時に最新の栽培技術の活用も怠っていない。前・工業的なワイン造りは、新鮮なブドウをワインに生成変化させる自然なプロセスへの敬意と、19世紀的な非介入主義モデルに端を発している。際立った個性を備えた、高品質なブドウを産する偉大な畑を手にしているなら、これこそが環境・社会に対して求められるアプローチだというだけでなく、優れたワインを安定的に造る最良の方法なのだ。